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リアルの知り合いでも、メディアで見ただけで会ったことのない著名人でも、生理的に無理だなと感じる人々。
本当に生理的に✖️のこともあれば、霊的に✖️と感じている場合もあるかもしれない。
理由はないけど、なんかやだーな感じ。

kana
10日前

特定の人に認められたいとか、好かれたいと思いだしたら、終わりの始まり。私にとっては。

kana
11日前

変身

生まれてから今日までの間に、誰もがたくさん傷ついてきているでしょう。 私はそれらの傷を癒し、克服したいと努めてきたけれど、そうじゃななくて、傷をそのままに共に生…

kana
1か月前

自分の意思をもつこと。
その意思を固定させるには、書くことがとても大きな助けになると思う

意思をしっかり持てば、自分も周りも必ず動くと信じてる

kana
1か月前

今日はちょっと変な日で、朝から何を見ても、何を考えても涙が出てくる。悲しみではない。
何か洗い流されていくような。

怒りや悲しみ、悩んだり、もがくことも、すべてが、人間の命の美しい営みなのだと思うと、その尊さに泣けてくるのです。

kana
1か月前

つまらない意地を張っているだけなんだろうなと、わかっているけど。
流され続けてもどこにも行けなかったし、受け入れすぎてパンクしたことを鑑みると、やっぱり納得いくまで考えて、自分で決めたい。

kana
1か月前

もしも、誰かに足をへし折られて、松葉杖生活になったとして。
いつもより移動に時間がかかり、遅刻しても、自分の責任。
自分に非がなくても、遅れると連絡したり、いつもより早く出るなど対処しなくてはならない。
それが社会の中で生きること。
何の免罪符もない。他人のせいにはできない。

kana
1か月前

迷惑な人たち

ようやく全裸監督を観た。 想像とは違うかたちで、とてもいいドラマだった。 今はやっぱりドラマはNetflixがいちばんおもしろい。 資金があるのだろうから作り込みがしっ…

kana
1か月前

ダンプ松本-ゆりやん
長与千種-唐田えりか
ライオネス飛鳥-剛力彩芽
いろんな意味ですごいキャスティング。
本当に楽しみだ。

予告編を観ただけで、ぞくぞくするし、絶対泣いてしまいそう。

kana
1か月前
1

そうしたかったわけではなかったが、そうせざるを得なかった

そんな人や物事特有の色香、美しさがあると思う

kana
1か月前

終わったのかもしれない

父のことをたくさん考えた。 こんなに考えたのは初めてかもしれない。 私は小さい頃は、聞き分けの良い子で、思春期の反抗期もなかった。 家の手伝いもたくさんさせられ…

kana
1か月前
2

親から愛されなかったことは別にどうってことなくて、そのことにより自分で自分を愛せなくなることが問題なんだろうな。

私は私を愛しているのかな?
愛してないってこともないよ。
たぶんきっと愛してる。

kana
2か月前

手を離す

好きな人や物事を好きなまま、嫌いになる前に手を離そう、 好きが煮詰まって、執着へと変わる前に。 そんなことを考え続けている 最初はときめいて、ほわほわでうれしいが…

kana
2か月前
2

例えば、ひとめぼれして買ったお洋服が、似合わなかったとして。
メイクや髪型を変えたり、靴やアクセサリーを工夫するなど努力をしても似合わない。
なぜ似合わないのかを考えるよりも、そもそも一目惚れが間違えていたと考えるべきなんだろう。潔く手放すのが最適解で、考え込むのは無駄なのかも。

kana
2か月前

あたたかで美しい

Twitterで偶然お見かけした投稿。 投稿者さまは本好きで、その影響はお父様からのもので、小さい頃から図書館によく連れて行ってもらっていたのだそう。 小さい子の手を引…

kana
2か月前

お盆

去年も今年も、お盆はいろいろなことがある。私にとても大きな影響があるようなこと。 そして、何かを考えたり、決めたりすると、すぐに現実が動く。 やはりあちらの世界の…

kana
2か月前

リアルの知り合いでも、メディアで見ただけで会ったことのない著名人でも、生理的に無理だなと感じる人々。 本当に生理的に✖️のこともあれば、霊的に✖️と感じている場合もあるかもしれない。 理由はないけど、なんかやだーな感じ。

特定の人に認められたいとか、好かれたいと思いだしたら、終わりの始まり。私にとっては。

変身

生まれてから今日までの間に、誰もがたくさん傷ついてきているでしょう。 私はそれらの傷を癒し、克服したいと努めてきたけれど、そうじゃななくて、傷をそのままに共に生きるべきなのかもしれないと、考え始めています。 その一環として、とてもじゃないけど受け入れかだいことを、受け入れると決めたところ、何かが動きはじめたように感じます。 ありとあらゆるところから、ありとあらゆるものが私の中にダウンロードされているような感覚です。 脳が全く追いついていないので、言葉にすることができないけ

自分の意思をもつこと。 その意思を固定させるには、書くことがとても大きな助けになると思う 意思をしっかり持てば、自分も周りも必ず動くと信じてる

今日はちょっと変な日で、朝から何を見ても、何を考えても涙が出てくる。悲しみではない。 何か洗い流されていくような。 怒りや悲しみ、悩んだり、もがくことも、すべてが、人間の命の美しい営みなのだと思うと、その尊さに泣けてくるのです。

つまらない意地を張っているだけなんだろうなと、わかっているけど。 流され続けてもどこにも行けなかったし、受け入れすぎてパンクしたことを鑑みると、やっぱり納得いくまで考えて、自分で決めたい。

もしも、誰かに足をへし折られて、松葉杖生活になったとして。 いつもより移動に時間がかかり、遅刻しても、自分の責任。 自分に非がなくても、遅れると連絡したり、いつもより早く出るなど対処しなくてはならない。 それが社会の中で生きること。 何の免罪符もない。他人のせいにはできない。

迷惑な人たち

ようやく全裸監督を観た。 想像とは違うかたちで、とてもいいドラマだった。 今はやっぱりドラマはNetflixがいちばんおもしろい。 資金があるのだろうから作り込みがしっかりしている。音楽もいい。 題材やキャスティングも攻めているしね。 全裸監督の村西監督(ドラマ内の)を観ていて、なぜかフワちゃんのことを思い出した。 2人共、なんかうるさいし、身勝手だし、絶対に関わりたくないタイプなんだけど、うらやましいくらいにパワフル。 そして、人を魅了する何かを持っている。 実際、テレ

ダンプ松本-ゆりやん 長与千種-唐田えりか ライオネス飛鳥-剛力彩芽 いろんな意味ですごいキャスティング。 本当に楽しみだ。 予告編を観ただけで、ぞくぞくするし、絶対泣いてしまいそう。

そうしたかったわけではなかったが、そうせざるを得なかった そんな人や物事特有の色香、美しさがあると思う

終わったのかもしれない

父のことをたくさん考えた。 こんなに考えたのは初めてかもしれない。 私は小さい頃は、聞き分けの良い子で、思春期の反抗期もなかった。 家の手伝いもたくさんさせられたし、進路を決めるのも私の希望よりも、親の事情が優先された。ありとあらゆることを我慢させられてきたように思う。 社会人になってからは、経済的な援助もしたし(援助というレベルではないくらい)、借金の保証人にもなった。 私は私のために生きたことなどなかったから、生き方を変えてみることにしたのは30歳の時。限界だった。

親から愛されなかったことは別にどうってことなくて、そのことにより自分で自分を愛せなくなることが問題なんだろうな。 私は私を愛しているのかな? 愛してないってこともないよ。 たぶんきっと愛してる。

手を離す

好きな人や物事を好きなまま、嫌いになる前に手を離そう、 好きが煮詰まって、執着へと変わる前に。 そんなことを考え続けている 最初はときめいて、ほわほわでうれしいがはちきれんばかりだったのに、今は苦しくなってきたのは、賞味期限切れの証しなのでしょう。 決定的な理由はないけど、ひとことでいうならば、ご縁がないのかな。 すれ違ったり、タイミング、趣味趣向、ありとあらゆることが微妙にずれる。 やーめた!ってすることは、簡単なことではなくて、悲しくて、淋しいことだけど、手を離した

例えば、ひとめぼれして買ったお洋服が、似合わなかったとして。 メイクや髪型を変えたり、靴やアクセサリーを工夫するなど努力をしても似合わない。 なぜ似合わないのかを考えるよりも、そもそも一目惚れが間違えていたと考えるべきなんだろう。潔く手放すのが最適解で、考え込むのは無駄なのかも。

あたたかで美しい

Twitterで偶然お見かけした投稿。 投稿者さまは本好きで、その影響はお父様からのもので、小さい頃から図書館によく連れて行ってもらっていたのだそう。 小さい子の手を引いて図書館へと向かう姿が嬉しそうで、幸せそうだったと、お母様談。 とても羨ましいと思った。 私が幼少期からずっと欲しかったものはこういうことなんだ。 甘くてあたたかくてやさしい時間。 実は、私の父はもうあまり長くはなさそうで、最後くらいはと思い、愛された記憶や楽しかった思い出を探しているのだけれど、見つから

お盆

去年も今年も、お盆はいろいろなことがある。私にとても大きな影響があるようなこと。 そして、何かを考えたり、決めたりすると、すぐに現実が動く。 やはりあちらの世界の扉が開いているのだろうか。 身内にまつわるあれこれがあり、幼い日々を思い出すなどしている。 家族の中での、楽しかったな、幸せだったなという思い出が見つけられない。 大人であれば、自分の子供や身内でなくとも、小さい子供に対して抱く、ただただかわいいなと思う慈しみのまなざしを、私は一緒に暮らす大人たちから向けられていな