集中治療医をめざした理由
初期研修医の先生が後期研修にどの科を選択するか迷うという話が,最近Twitterに出ていました。好きな科を選べば良いのだろうとは思うのですが,なかなか難しいかもしれませんね。
私はもともと消化器外科医になりたかったんです。学生時代も外科医になりたいとずっと思っていました。いろいろ見学にも行きましたし。
しかし今は集中治療をやっている…。
実は,ある患者さんと出会い,進路をぐいっと変えてしまったのです。
20年も前の話ですけども。
1年目の内科研修を終えて,念願の外科研修医としての生活を始めて4ヶ月たったころのことでした。
70代の男性のAさんという患者さんが,腸閉塞のために私が1年目にいた病院から紹介されてきました。私の内科研修の時の師匠が担当だったようで,おそらく手術が必要だろうというコメントともに。
Aさんが入院された後,少し様子を見ようということになり,イレウス管をいれたまま経過をみていたのですが,週末になって突然腹痛が強くなって鎮痛剤も効かなくなってしまいました。血液検査では著明な炎症所見と多臓器不全の所見も出ています。直ちに緊急手術を行うことになりました。
開腹してみると,果たして回腸の捻転により回腸がほとんど壊死してしまっていました。しかも,壊死した回腸を切除し人工肛門を造設した後,閉腹している時に突然心室細動となってしまったのです。壊死した腸から流出したカリウムによる高カリウム血症が原因と考えられました。麻酔科の先生のお陰で自己心拍が再開し,なんとかICUまでたどり着くことができました。
震える足を隠しながら,手術室の前で外科の指導医とともにご家族に説明したことを今でも覚えています。
ICUにAさんを収容し,いろいろな先生に協力してもらいながら,循環管理,呼吸管理や血液透析といった集中治療を懸命に行いました。APACHE-IIというICUでの死亡率を予測するスコアーによって計算された予測死亡率は80%を超えていました。しかしAさんの生命力は強く,10日間の集中治療の末に何とか危機的な状況を脱することができたのです。
ICUから一般病棟に帰室できたものの,経過は順調ではありませんでした。
残った小腸はたったの1.5 mしかありません。空腸に作られた人工肛門から多量の腸液が排出され,電解質が狂うために輸液管理も難しいですし,腸が短いので栄養状態もなかなか改善しません。創感染やら吻合部のリーク,中心静脈ラインの感染といった合併症を発症して術後管理には難渋しました。
それでも病院から脱走するまでに回復し,師匠のいる搬送元の病院に転院することになりました。転院後も色々と紆余曲折があったのですが,最初の手術から約1年後に,外科研修終盤の私の執刀で人工肛門の閉鎖と狭窄した小腸の切除を行うことができました。
私が外科研修を終えて整形外科をまわっている頃に,Aさんは退院して自宅に戻られました。Aさんはしばらく元気に近くの診療所に通っておられましたが,数年後に肺炎でお亡くなりになられたそうです。
内科の師匠には「なんですぐオペせんかったんや!」と怒られました
私は外科研修医だった1年半,多くの時間をAさんと一緒にすごしました。
そしてAさんから多くの,本当に多くのことを教わりました。
牙をむいたときの腸閉塞がいかに恐いか
開腹手術に踏み切るタイミングがいかに大事か
術中の麻酔管理の大切さ
集中治療の大切さ,面白さ,そして苦しさ
腸が短いことがいかに大変なことか
栄養状態が悪いことがどんなにつらいことか
そんな状況で感染の制御がどれだけ難しいか
笑顔が戻ることがどれほど素敵なことか
他にもたくさん
そして
人の命の強さ
Aさんに会って,私は周術期の全身管理や集中治療をライフワークにしたいと思うようになりました。外科医になることをやめて,集中治療をやるためにまず麻酔科医になり,そして集中治療医になりました。
Aさんに出会わなければ私は集中治療医になることはなかったと思います。
全くもって参考にならないと思いますけど。
こんな進路もアリだということで。。。