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遺書か自問自答か 援助中毒

「この業界は誰でもカリスマになれちゃうからねぇ」

あの時、上司に言われた一言はこれからも忘れられない。

1.若者支援を目指した自分

 前にも何度か言及しているが、自分はもともと発達障がい支援の領域で仕事をしていてそこから若い世代の支援に興味を持った。面接で出会う思春期~青年期の若者に家と学校以外の場所があまりになかったからだ。

 出会う人たちの多くは学校や職場で馴染めずトラブルや孤立が起きやすかった。それがきっかけで家族や周囲との関係性も悪化していくという負の連鎖もまた起こりやすい。家族との関係が悪化した場合、一番過ごす時間の長い居場所が一番居て辛い場所になってしまう。家や学校以外に行く場所がないと結局ほかの場所で息抜きが(家族も)できない。そんな光景を見ることが多かった自分は「若い世代が家や学校以外で過ごせる場所があること」はとても重要なのではないかと考え始めた。これも前に書いているが、今の若者は障がいなどの有無に関わらず求められることが多く、そこから少しでもこぼれた場合に一気に孤立しやすいとも考えていた。

 そのとき、たまたまエリアで行われていた会議に参加したとき、若者支援職時代の上司が講師として参加していた。自分が興味があった領域が実際に形になっていたのを見たときに「次に働くならここしかない!」と思い話しかけたのが自分の転換期だった。その上司に会えたことはこんな風になってしまった自分にとっても貴重な財産であり、今でも感謝してもしきれない。

2.支援に「ハマった」自分

 そんな暑苦しい思いを持った自分は出会いをきっかけに「ユースワーカー」と呼ばれる若者支援職に転職した。そこでの仕事を一言でいうなら

「すごく楽しかった」

それに尽きた。

 もちろんしんどいこともたくさんあったし、そこでエース級に仕事ができたわけでもない。それでもただただ楽しかった。
 自分が仕事に楽しさや充実感、達成感を感じることができたのは「関わりによって相手の変化を感じることができた」からだ。自分たちで考え、関わり続けていくことで成長や変化していく様子を間近で見ることができたことは自分にとってなによりのやりがいになった。その変化に自分もまたエネルギーもらうことができた。

 ただ、キャリアを積んでいくにつれ葛藤が強くなっていった。そこで求められる仕事ができない自分に対する劣等感や支援者としてのエゴが強くなっていく自分に気づき始めたからだ。支援者としての自分と個人としての自分を割り切れなくなっていく自分が本当に嫌いだった。
 上に書いたように自分が感じたやりがいは「相手の変化を感じられること」。つまり、「自分が関わっても変化がない」と自分で思ってしまった場合にどうしても関わり続けるモチベーションが保てなかった。

それは言い換えると
自己有用感を満たしてくれる人にしか関われていない
ようになっていた。

 若者支援で賃金をもらっているということ、すなわち自分がプロとして「関わる若者は選んではいけない(合う合わない、という理由は別として)」はずなのにいつからか自分は関わる若者を選んでしまっていることにある時気づいた。「若者の主体性」という言葉を使っていたくせに。

 今考えると、若者と関わる大人は人生の登場人物が少ないときに出てきたからこそ影響を与えるきっかけになりやすい。その与えることができる影響の大きさに酔っていったのだと思う。誰かの役に立てたとき、誰かの変化のきっかけになれたと思えた時に自分のからっぽさが満たされた気になっていた。
 初めて上司のあの言葉を聞いたときは「そんなもんなんだろう」としか思っていなかった。きっと変化しやすい世代と関わるから自分こそが影響を与えられるカリスマだと勘違いしてしまうんだろう。その人が主役であるべき人生に自分が主役として前に出ようとするから関わっていく中でフラストレーションが溜まっていくんじゃないかとも思っている。

 この「カリスマもどき」の自分に気づいてから、自分が若者支援職を名乗っていることに負い目を感じている。ユースワーカーに誇りを持っているからこそそんな自分が許せなかった。

3.それでも…

 今となってはその職場からも退職した。ただ、対人支援の仕事は微々たる量ではあるが今も行っている。現在は枠組みの中で関わるため、その距離感が「カリスマ崩れ」の今の自分にはちょうどいい。

 仕事から離れてから自分についていろいろ考えている。答えは出ないだろうし、許せない自分や満たされない自分とは一生向き合っていくことを覚悟している。

 自分は誰の役に立てない自分が存在していることが嫌なんだろう。きっと
どんな形でも自分はなにかしら対人援助に携わり続けていくのだろう。それは対人援助を通じて自分を援助しているから。人との支持的な関わりで得られるあの感情がなければ、とっくにもっと自分はダメになっている。自分を満たすことを援助行為に依存している。
 こんな自分にならないよう、自分に見える誰かを減らしたいのかもしれない。自分が支援者として名乗るなんておこがましいし、ほかの実践者の方に顔向けできない気持ちもある。こんな自分が居ていいのかはわからないままだ。

あとがき

 このシリーズを始めてからだいぶ時間が経ってしまった。我ながら面倒な性格だけれど「書こう!」と気分が乗らない状態を年明けまで引きずってしまった。
 実は若者支援の現場から離れたときにまず考えたのが今回のテーマだった。「あんなに好きだった仕事にしんどさや無力感を感じるようになったのはなんでだろう…?」と思ったところから考え始め、なんとも恥ずかしい自分に気づかされた。

 「こんな支援者けしからん!」という意見はごもっともとしか言えない。自分でもどんな言葉を言われても仕方ないと思う。ただ、こんな自分がいることに気づいたからこそ同じ轍を踏まないよう活動をしていく所存である。
 
この世界の片隅にこんな支援者がいることも許してほしい。

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