1ヶ月社会から離れた話。
何年か前になるけど、肺炎で1ヶ月実家に帰ったことがあった。
その頃は、大学を卒業したけど就職出来ずにアルバイト先でお世話になっていた。
週5~6でバイトをしていたと思う。
朝から子供から大人まで、一緒に過ごすバイトだった。
毎日が忙しくて楽しかった。
元々、喘息を持っていたというのとそろそろ大学卒業から一年たったし
どこかに、就職しなくてはという焦りとかで自分を苦しめていたんだと思う。
そんかストレスでいつもの季節の変り目の喘息から肺炎になった。
一人暮らしも長かったから風邪や喘息が起こると一人でどうにかしてきたけど
肺炎ばかりは違った。
近くの病院に行っても症状はよくならなくて、3日間だけ入院もした。
入院中は、車椅子生活だった。
たくさんの人と接するバイトだったので身体がきついと、
どうも仕事にならず休むために人に代わりを頼むことも大変だった。
私は、人に物を頼むことが苦手で、それもひとつのストレスだった。
どうにか少し良くなって仕事を始めるとまた身体が動かなくなる。
息が出来ない。歩けない。立てない。怖い。
こんなに、動くのに酸素を使っていたんだと感じた。
結局、そこの病院に入院しても治らず心配した母が飛んできてくれて
新幹線で実家まで帰り小さい時から行っていた病院に行った。
地元で行った病院は、私が幼稚園の頃行っていたので、
子供病院だった。待合室には、幼稚園生や小学低学年がいて
みんな母の隣でぐったりする私を不思議そうに見つめているのを覚えている。
私の症状は、肺炎に2つ一気にかかっていたため、
肺炎を一つしか治す薬をもらえなかった病院では治りきれなかったのだ。
そのまま、治療のため実家に1ヶ月いることになった私は
正直やることが何もなかった。
今まで朝から晩まで死ぬほど働いてきたのがいきなり
身体は動かすのがつらいから、基本的にじっとしている、
人と関わるのだって、基本的に家族だけとなった。
ネットを見るのも情報ばかりで嫌になってくる。
テレビからもネットからも遠のいていった。
そうすると、今まであんなにたくさんの生徒を持っていて人にたくさん会っていたのに
誰にも会わなくなると
世界にいるのはこの自分一人じゃないのか と感じるようになった。
社会からの孤立感。疎外感。
誰にも必要とされていない。
そんな気持ちになった。
自分って、必要?
そんなこと考える私は駄目な子なの?
たまに来る、バイト先からの子の連絡も嫌になるくらいだった。
そんな話を、ぽろっと母に話すと
「私も子供を産んだときはそうだった」
と。
ああ、きっとこの「誰にも必要とされていない気持ち」は
どんな大きさでもどんな形でも誰でも持っていて自分だけじゃないんだと
少し安心したのを覚えている。
そして、「誰にも必要とされていない気持ち」を持っている私は
誰かに生かされているし誰かに必要とされているとも思った。
暗くて先が見えなくて不安になるけど私の隣にはいつも誰かが側にいてくれて
支えてくれている。
1ヶ月後には、肺炎も治りいつものまた忙しい日常に戻った。
たった、1ヶ月の話だったけど私にはとても濃い1ヶ月だった。
今、こんなことになってふとその時のことを思い出す。
私も誰かの支えになれているのか?と。
辛い状況それは、自分で認めてあげて、私は誰かに生かされていると受け入れて
そしたら、誰かに恩返しで支えてあげる。
それが出来てるといいな。
肺炎が治ってもとの生活に戻るとき、心配をかけた祖母に会いに行った。
祖母は、私を見て
「あらあら、肺炎に2つもかかり欲張りだったわね」
と言って笑っていた。
この祖母がいての私の母親だな。と納得してますます好きになった。