憎きメイウェザー 運動神経が悪いということ Vol.32
もっとも好きなアスリートを聞かれたとしたら、観戦限定のスポーツファンたる私には答えるのが難しい。対象的に、いちばん嫌いなアスリートなら即答できる。フロイド・メイウェザーだ。記録のうえでは無敗を維持し続けるボクシング界のビッグネームではあるが、第一線を離れて以降も潔く引退せず、およそ真っ当な試合をこなすことなく巨万のファイトマネーを稼ぐ「商法」を確立してみせた。
コナー・マクレガーに那須川天心に朝倉未来と、相手が畑違いでも一歩たりとも譲る気はなく、ボクシングルールでしか対戦しない。ステイタスを盾にとり、王様然とふんぞり返っているが、勝って当たり前の条件がお膳立てされているだけなのだ。いかにも醜悪で見苦しい姿だが、認めざるを得ないところもある。曲がりなりにも勝ち続け、自らがルールになって絶対的な地位を築くことは、この世の中で幅を利かせるうえで実に有効な手法なのだろう。
「死刑死刑死刑…」子どもの悪ふざけか、落書きかと見紛うような文言をLINEのトークで発信したのは、中古車販売大手の前副社長。前社長の息子で、いつしか社内では誰も逆らえない存在になったらしい。現場への圧力を強めた上層部たちとともに、「ロイヤルファミリー」などと呼ばれていたという。LINEへの返事が遅くなっただけで叱責、楯突く者や成績不振の者には降格や異動を宣告。メイウェザーの異名といえばThe Moneyだが、リング上とは異なり、一般社会の金の亡者は人々の生活をも脅かす。これこそ、自らがルールとなった"王様"の怖ろしさだ。
ややもすると人間は、仕事を介することで鈍く、冷たく、凶暴にもなる。保険金を水増し請求するためなら、修理依頼を受けた客の愛車を傷付ける。販売する車の見映えをよくするためなら、店の前の街路樹も枯らしてしまう。恐怖で支配された組織に、ノルマを達成しようとするあまり手段を選ばない風土が根付いていったのだろう。副社長は、MBAを修得した過程で何を学んだのか。自社の増益と成長しか頭に無く、すべての社員に人権があることも、社会には遵守すべきモラルがあることも見落としてしまったらしい。仕事が嫌いな私だが、そのいちばんの理由は、こんな人間がのし上がり、こんな会社が繁栄し得る危険性のあるところだ。