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被災地同士の悼み分け ヴィッセル神戸のベストゲーム Football がライフワーク Vol.6

昨晩、地元で日本代表戦が開催された。相手の指揮官は憧れのピクシー、有観客開催であれば仕事帰りにスタジアムへ向かっただろう。監督から主役を奪うほどのタレントが不在だったセルビアに、最少得点での勝利。抜かりは無いのだが、華も無い。コロナ禍で活動が制限され、ようやく集結してもワールドカップ予選では明らかな格下、テストマッチでも飛車角落ちとの対戦が続いては、緊張感にも爽快感にも乏しくなる。わが代表から、世間への訴求力が損なわれて久しい。

ちょうど10年前の同じ日は、同じスタジアムで感動に包まれていた。3.11が発生して3ヶ月、ヴィッセル神戸はホームに被災地からベガルタ仙台を迎えた。試合開始前、観衆を昂ぶらせる「煽りV」といえば佐藤大輔制作、立木文彦ナレーションによるPRIDEのものが秀逸だったが、当時はヴィッセル神戸も採用していた。普段とは趣の異なる優しいBGMは、川嶋あいがカバーした「しあわせ運べるように」。阪神淡路大震災で被災した小学校の臼井真先生が生み出し、歌い継がれてきた復興のシンボルと言える曲が、相手のサポーターとホームタウンを励ますメッセージとともに届けられたのだった。スタンドからは期せずして万感の拍手が鳴り響き、涙ぐむ人の姿もあった。

https://m.youtube.com/watch?v=PojP_3eazfs

いつもは気勢を上げてくれるVTRで、胸を温められたのは後にも先にもない経験だった。ゲームは赤嶺真吾のゴールで仙台が先制したものの、神戸が土壇場で同点に持ち込んだ。殊勲のスコアラーは左サイドバックに挑戦していた茂木弘人、福島県出身だった。ドロー決着といえば痛み分けと表現されることが多いが、被災を経験したクラブ同士が心を通わせたこの日ばかりは、「悼み分け」と称したい気分になった。勝者と敗者を分ける必要が無いときもあるということ、ドローの存在価値を教えられたこのゲームは、いまなおヴィッセル神戸のベストゲームとして記憶に刻まれている。

フットボール、世に言うサッカーには少なからず「アンチ」も存在するもので、その人たちの口からよく聞かれるのは、この競技は「得点が少ない」ゆえに「面白くない」という意見だ。例えば、3点ビハインドの状況。ラグビーならペナルティゴール1本で同点、野球なら満塁ホームランで逆転だが、1点ずつ得点するしかないフットボールではかなり厳しい状況に違いない。それを思えば今年3月、札幌に一時0-3とされた神戸が4点を奪い返した逆転勝利を、奇跡と称えるメディアがあったのも頷ける。実際、クラブの歴史上でも初めての出来事だった。

しかしながら、アンデルソン・ロペスに許したハットトリックのうち2点はPK、力負けして崩されたというよりアクシデントによって点差が開いたと見るほうが妥当だった。なおかつ残り40分程度の時間が与えられていたのだから、追いつき追い越す可能性はあった。あえて言えば、この結果は決して奇跡ではなかったのだ。他の競技なら可能な点差を逆転できないから面白くないという言い分には、得点の方式や発生率が違う以上、点差の意味合いは競技によって異なるという前提が、3点差逆転勝利を必要以上に強調する報道には、試合の結果だけでなく、展開を伝える視点が抜け落ちている。「3点差逆転など起こり得ない」という先入観を覆し、フットボールの醍醐味を伝えてくれたこの勝利が、10年後の今季、ここまでのベストゲームだ。

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