大人になっても Footballがライフワーク Vol.26
スタジアムにこだましたチアホーンの音が、ずっと耳に残っている。ポテトチップスやガム、おまけのカードを目当てにどれほど買い集めたことだろう。あれから30年。若い頃なら歴史上の出来事ほどに遠い昔のことでも、間もなく40代のいまは憶えているものだ。もっとも古い記憶のなかでもっとも鮮やかなそれが、私にとって1993年の出来事。自身が40歳になる今年、10歳のときに誕生したJリーグは30周年を迎える。
同年5月15日、まだ「F」が付いていなかった横浜マリノスと、読売と呼ばれることもあったヴェルディ川崎による記念すべき最初の試合は、もっぱら巨人戦の亡き父まで視聴していた。1台しか無かったテレビの前で並んで過ごした2時間あまり、来場していたドイツの老人の名を教えてもらったのもそのときだった。日本サッカーの父と称せられるデットマール・クラマーが残した名言は、「サッカーは子どもを大人にし、大人を紳士にする」。10歳の小学生は40歳も目前になったというのに、残念ながら紳士とはかけ離れている。
「人は大人になると分別がつき、安全に物事を進めることができるようになります」Jリーグの30周年にちなんだコンセプトムービーには、そんな言葉が登場する。冒頭のナレーションは子どもだったのが、やがて大人の声に変わり、以下のような言葉が続く。「Jリーグは大人になることがゴールじゃありません」「サッカーにゴールはあっても、Jリーグにゴールはない」―BGMは、春畑道哉によるJ'STHEMEのカバー。原点と未来、これまで築いてきたものへの敬意と、これから築いていきたいものへの希望がともども表現されたムービーを見て思い出したのが、前出のクラマーの言葉だった。誕生から30年、子どもだったリーグは成人を経て、いよいよ大人になったのだ。
新たな1年、30周年のシーズン到来を告げたのは、今年もスーパーカップだった。30年前にリーグ最初の勝者となったFマリノスは今日も甲府に辛うじて勝ったが、1点差の決着はJ1の王者とJ2の18位が対戦する異例の構図を忘れさせた。これはリーグ全体の底上げ、実力伯仲の証明なのだろうか。チアホーンが鳴り響くゲーム、それを複数の地上波の放送局が同じ日に中継していた時代を記憶している世代としては、前向きな評価に後ろ向きの疑問が入り混じる。それでも、今日から全ての観客席で発声が解禁された。記念の年、スタジアムに声が戻ったことが喜ばしい。ワールドカップの年末開催を経て例年よりブランクが長くなったシーズンの開幕も、いよいよ来週。毎年のことなのに、30代も終わりなのに、この胸の高鳴りがずっと変わらない中年男は密かに思う。クラマーの名言は実のところ、「サッカーは子どもを大人にし、大人を子どもにする」が正しいのではないかと。