清華大学教授・李星:「AIによる高等教育の大革命、多くの既存知識やスキルが無用となる新時代」
未来の教育を探る道のりで、私たちは歴史的な分岐点に立っています。人工知能技術が急速に進化する中、教育分野への影響がますます顕著になり、学び、教え、研究の在り方を再定義することが求められています。
今回は、清華大学教授である李星氏のインタビューをご紹介します。李教授は、人工知能が教育や研究をどのように変えるかについての深い洞察と、未来の教育モデルを提示してくれています。
天才の登場を待つ必要がなくなる
Q: ChatGPTに代表される人工知能が人類発展にもたらす影響についてどのようにお考えですか?
李星:これまでの人類の発展の歴史は、天才の登場を待つ歴史でした。
人々は長い間待ち続け、ようやくニュートンが現れ、微積分や物理学の三大法則、古典物理学を確立し、また長い時間を経て、今度はアインシュタインが登場し、相対性理論を完成させました。
このように、過去数千年にわたり、人類の進歩・発展は天才の出現に依存してきました。しかし、天才がいつ現れるか、どのように現れるかは非常に不確実なものでした。
人間は全ての生物の中で、最も強いわけでも、最も速く走れるわけでもありませんが、道具を作り、それを使うことができました。ですから、歴史を振り返ると、「人間こそがこの地球上で最も優秀な生物である」という共通認識がありました。コンピューターやインターネットの時代に入っても、人間がプログラムを作成し、それを制御する限り、この認識は揺るぎないものでした。
しかし、人工知能の出現は、この確信を打ち破り、近い未来に機械が完全に自分たちを超え、自分たちよりも賢くなる事に気づきました。
人間には時間や能力という様々な限界があり、人工知能はありません。そのため、人工知能の発展に伴い、今後人類にとって重要な発見は発明は人工知能が人に代わって行う事になるでしょう。
よく言われる事ですが、計算速度では人工知能に勝てないですが、人間はじっくりと深く考え、問題を重層的に掘り下げて解決できる力があります。この人間の優位性は、まだしばらく有効な時代が続くと思います。
多くの専門家や研究者も、人工知能登場による本質的変革について深く考えていない
Q: ChatGPTが登場してから1年以上が経過しました。現在、清華大学や他の研究者たちは、人工知能が社会や教育に与える影響についてどのように議論しているのでしょうか?
李星:私はおそらく最も先進的な考えを持つ一人です。一般的に、人工知能を研究している人はその教育への影響についてあまり関心を持っていません。
会議で他の教育関係者と人工知能について話すこともありますが、彼らの多くは人工知能に対する理解がまだ浅く、その影響を正確に把握していないことが多いです。
また現時点では、多くの研究者や企業が依然として従来の考え方で人工知能を捉えています。たとえば、従来のオペレーターやコールセンターの代わりや、作業ロボットなど、人工知能技術で生産効率を向上させたり、またはより賢い検索エンジンや文書作成を手助けする大規模言語モデルを開発したりしています。これらの応用は非常に実用的ではありますが、人工知能の登場の本質的な意味とは違うと考えています。
無から有、混沌から秩序への本質的な変革
Q: 人工知能時代が教育、特に高等教育にどのような変革をもたらすとお考えですか?最大の変革はどの点にあると思われますか?
李星:人工知能の時代の到来は人類史にとって非常に重要で、あらゆる分野で大きな変革を引き起こすでしょう。特に高等教育の分野では、人工知能の登場は12世紀にヨーロッパで現代的な大学が誕生した時と同じくらいの意義があると思います。それは、無から有、混沌から秩序への本質的な変革です。
将来、人工知能が急速に発展するにつれ、現在の大学の組織構造や学問体系、知識構造、教育方法は完全に再構築されていきます。これらはまさに革命的で、世の中を一変させるような大変革になるでしょう。
Q: 人工知能の急速な発展は、研究にどのような影響を与えると考えますか?
李星:今後、あらゆる分野の科学研究において人工知能が不可欠となり、想像以上のスピードで次々と大きなブレークスルーが生まれていくでしょう。
最近、私はプリンストン大学の研究チームによる画期的な開発について報告を読みました。彼らは核融合装置トカマクのプラズマを制御する人工知能モデルを開発し、この AIは過去の実験データから学習し、物理理論に頼らずにプラズマの挙動を予測し、その破壊を防ぐことに成功しました。
チームメンバーのアジラヘシュ・ジャラルバンド氏によると、AIには核融合の複雑な物理を教えるのではなく、挙動予測と制御ロジックを学習させただけだけだそうです。
これは人工知能が研究に変革をもたらす初期段階に過ぎず、将来的には、人工知能が研究のパラダイムを劇的に変え、これまでの経験とは全く異なるものになるでしょう
これまでの研究は、「理解に基づいて行う」という前提がありました。つまり、ある理論を完全に理解しないと、それに基づいて何かを達成することはできないという考え方です。
例えば、飛行機を発明するには、空気力学を深く研究しなければ、飛行機を飛ばすことはできませんでした。これが「説明可能性」という概念です。
しかし、人工知能は常識にとらわれず、その価値は「非説明可能性」にあり、簡単に言えば、仕組みを理解していなくても、人工知能は成果を上げることができるのです。
例えるなら、鳥は空を飛べるが、自分がどうやって飛んでいるのかを理解していないのと同じで、振り返ってみると、この「非説明可能性」は非常に驚くべきことであり、同時に非常に自然なものでもあります。
したがって、ChatGPTの登場を境に、過去と未来で研究のパラダイムは全く異なるものになり、完全な理解に基づいた研究を行うべきなのか、それとも大量のデータで人工知能を訓練し、それを活用して研究を行うべきなのか、という選択に直面しています。言えることは、研究はすでにこれまでとは全く異なる新しい時代に突入したということです。
Q:それは、これまで学んだ多くのことが役に立たなくなるという意味でしょうか?
李星:そうです、多くの事柄が変わり、多くの既存知識やスキルが無用になるでしょう。これは非常に恐ろしいことです。
私が思い出すのは、アメリカの大学院で助教をしていたときのことです。電磁力学の授業でマクスウェル方程式を教えていました。アメリカの学部生たちは、「もし200年前に生まれていれば、こんなものを学ばなくて済んだのに」と文句を言っていましたが、私はこう言いました。「君たちはラッキーだよ、もし200年後に生まれていたら、もっと恐ろしいことを学ばなければならないかもしれないよ」と。技術の進歩は教育を完全に変える可能性があります。
人工知能の時代に最も重要なものは何か?私は「娯楽」だと考えています。Linuxの創始者であるリーナス・トーバルズは、自伝『Just for fun』の中で、人間の追求は3段階に分かれると述べています。
第一段階は「生存」、第二段階は「社会秩序の維持」(例えば繁殖など)、そして第三段階は「娯楽」です。人工知能の時代では、人工知能が多くの仕事を取って代わり、社会全体としては人々が生存に困ることはなくなり、繁殖も個人の意志に委ねられるため、最後には娯楽が重要になるでしょう。
研究や学問でも同じで、人々はそれを娯楽として行い、最終的には偉大な成果を達成するでしょう。
こんなジョークがあります。ある富豪が息子を海外に留学させました。休暇中にその息子が帰国し、テニスを楽しんでいたのですが、疲れて汗だくになっている息子を見て、富豪の召使いが「坊ちゃん、大変そうですね、私が代わりに打ちましょう」と言ったのです。
将来的には、研究もこれと同じで、人々が研究を楽しむからこそ、熱中して行い、楽しみながら大きな成果を出すのです。
大きな知恵と小さなひらめきの融合
Q:人工知能の時代に、教育はどのような能力の育成に注力すべきでしょうか?
李星:まず、一般教養教育が重要です。人工知能の時代には、理系の思考だけでなく、文系の思考も求められます。例えば、現在でもChatGPTとやり取りをする際には「プロンプト」(指示文)を書く必要があり、これは言語に関する能力が求められる、つまり文系的なスキルです。
近い将来の教育は、学生に対して理工系の論理的訓練だけでなく、文系の言語能力の訓練も必要となり。言語学は、人々の理解力や表現力を育み、これこそが人工知能とコミュニケーションを取るための最も重要なツールとなるでしょう。
また、教育の中で、大きな知恵と小さなひらめきの両方を備えさせる必要があります。ここで言う大きな知恵とは、主要な問題を捉え、物事の本質を理解し、基本的な原理原則を理解する力です。例えば、体系的な構造や設計原理を理解し、実践を通じて技術的な詳細も把握するというものです。
大きな知恵を得るためには、理論と実践を結びつけることが不可欠で、人は具体的な問題について深く考え、行動することで初めてその中に大きな知恵を見出すことができるのです。
一方で、小さなひらめきとは、常識にとらわれず、ユニークな発想をすることです。何か問題を解決しようとするとき、規則性が見つかれば、それに従って対処できますが、規則性が見つからないときには、小さなひらめきが必要です。
どの知識やスキルを学ぶべきかは、時代の変化に伴って変わっていきます。しかし、上述した能力を持っていれば、状況に応じて適応することができるでしょう。
Q:大学や教員にとって、どのような課題があり、どのように対処すべきでしょうか?
李星:1990年代、アメリカ初の中国系大学長であるバークレー大学の田長霖教授が清華大学を訪れた際、清華大学の王大中学長が「清華大学はどのようにして世界一流の大学になるべきでしょうか?」と質問しました。
田教授は「簡単です。すべての学問分野をインターネットと結びつけることです」と答えました。これは非常に先見の明がある言葉です。現在は、この言葉を少し変えて、「すべての学問分野を人工知能と結びつけること」と言えるでしょう。
高等教育が人工知能にどう対応すべきかという問題については、教育の根本的な論理を考える必要があります。つまり、社会に出て役立つために、どのような能力を学生に身につけさせるべきかです。
ChatGPTが登場した後、広義的には、人工知能を使いこなせる人と、使えない人との差は、かつての識字者と非識字者の違いのようなものになるでしょう。
将来、すべての人が最終的に人工知能を理解し、それと共生する方法を学ばなければなりません。教育においては、いかにして人工知能と共生するかを教えることが不可欠です。
人工知能を背景にした教育と授業では、状況に応じた柔軟な対応が必要です。教育の目的は、人々に物事を成し遂げる力を身につけさせることです。
ある能力は人工知能に代替されることができない一方で、他の能力は代替されるかもしれません。未来において、人が人工知能をうまく活用すれば、必ずしも特定のスキルを習得する必要がなくなるかもしれません。
したがって、教育は重要なスキルを選別して教え、時代とともに使われなくなるスキルは淘汰すべきです。しかし、学生自身が積極的に考える必要があり、単にChatGPTに答えを求め、コピーして提出するようなことでは意味がありません。そうなれば、学生は未熟なまま成長しません。
教師は新しい技術を積極的に受け入れ、自ら学び続ける必要性がますます高まるでしょう。インターネットの時代には、大学の学問分野がインターネットと結びついたように、今はすべての学問が人工知能と結びつくべき時代です。教師は自身の教育や研究がどのように人工知能と連携できるかを考える必要があります。
Q:教育機関に対して、3つのアドバイスを挙げるとしたら、何を提案しますか?
李星:近い将来、私たちには大きな変革が訪れます。ディケンズの言葉を借りれば、「それは最良の時代であり、最悪の時代」です。未来の教育は娯楽に基づくべきであり、教育に楽しさを取り入れることが最重要だと考えます。
具体的には、まず創造的思考のための余地を残すことです。教育は未来に必要な「常識にとらわれない人材」を育成するために、自由な発想を奨励する事が最重要な目的となるでしょう。
原文:清华大学教授李星:人工智能之于高等教育,其意义如同现代大学的诞生