【現代考】ワンオペ育児から現代のしんどさに迫る〜児童虐待の背景には
わたしは昨年まで7年半、家庭裁判所で専門職として働いていました。その中で、いろんなことに直面しましたが、「あまり世に知られていない」ために多くの人が大変な思いをしているのかもしれないと強く感じていたことのひとつが、産前・産後ケアの重要性 でした。
報道では虐待や悲しいニュースが後を絶ちません。「加害者」を責めるような批判的な取り上げ方をされることが多いですが、産褥期の身体も心もギリギリな中で感じる社会的・精神的なキツさを経験された方は、他人事に思えないと感じるのではないでしょうか。
いのちを育むことは、責任が重く労働としても大変で、対価や見返りもないもの。しかし、本来、それ以上に喜びに溢れる掛け替えのない時間のはず。
現代の子育てがどうしてこうも、キツくなってしまったのか。
その解決策はどこにあるのか。
現場で走りながら感じていたことの一端を綴ってみたいと思います。
そもそも、どうして こんなにしんどいの?
私たちの世代は、子どものころから何をするにも男女平等。同じように教育を受け、同じように就職して、同じように残業もこなして生きてきました。ところが、「一緒に家庭をつくっていこう」と結婚し、ひとたび妊娠すると、途端に女性だけが産休育休に入り、そこから一気に男女の違いが浮き彫りになっていくのが今の日本の社会です。
多くの女性はすごく優秀です。
大学生のころは、バイトを掛け持ちしながらサークルをちゃっかり楽しみ、その合間に単位もぬかりなく揃えていたりします。麻雀漬けになって留年したり就職浪人したりしている男子たちを横目で見ながら、サクッと就職を決めたような女子も多数。転職したり病気で仕事に穴を開けたりしたピンチの際にも、なんとか自力で乗り越えてきました。
この競争社会を生き抜くために自然と磨いてきたワンオペ*能力。それは他人(=家族でも親族でもない人)に迷惑をかけず、自分のことは自分でする力のことを指します。
*ワンオペレーション
1 単一の操作・工程の意。
「複数のシステムをワンオペレーション化する」
2 主に飲食店で、深夜など人手が不足する時間帯に、1人の従業員にすべての作業を行わせること。ワンオペ。
(コトバンクより引用)
実はこれこそが、今の「しんどさ」の大きな原因になっているのではないかと感じています。
衝撃を受けた二人の母親からの言葉
それを強く感じたのが、家庭裁判所で行っている非行少年の更生プログラム「補導委託」でのある一コマでした。
家庭裁判所では、少年に更生の見込みがある場合、直ちに少年院に送らずに社会復帰のチャンスを与える試験観察というシステムがあります。その中で、福祉事業所に住み込んだり、自営業者の家族と生活をともにして、職業訓練や生活訓練を行うのが補導委託です。
私は、とあるケースで、福祉事業も行っている天理教の教会に少年を連れて行くことになりました。そこは、家族・親族・信者・利用者など、約50人の老若男女がわいわいと賑やかに生活している場所でした。対人関係に課題があった少年にとっては、人に揉まれることができる理想的な環境です。
わたしはそこで、その教会の会長さん夫妻や世話取りをしてくださる女性に少年と家族の関係がいかにしんどかったかを語ろうとしました。
その少年の母親が常に強く言っていたこと。
「公立に合格できなければ、高校には行かせない」
「そんな頭で努力もしないようでは、未来はない」
少年の置かれていた立場を少しでも理解していただこうと思い、伝えた内容でしたが、そこでご自身も少年と同世代の子どもを育てていらっしゃる女性は、眉をハの字にしながら話を聞いてくださったのち、真剣な顔つきでこう言いました。
「いやぁ・・・。お恥ずかしいのですが、私もいつもそれと同じことを自分の子どもに言ってます」
「・・・!」
私がその時衝撃を感じたのは、「その方も実は自分の子どもに辛くあたっていた事実」でも、「それにもかかわらず、その方の子どもは、すくすくと健全に成長していた事実」でもありませんでした。そんな風に話していた自分にふと気が付いて、そのことに愕然としたのです。
家の経済状態が厳しい中での高校受験。
それぐらい、正直、関西人だったら誰だって言うよね。
(むしろ、うちの母だって言いかねん。)
そう思った時、少年が家族とうまくいかず、非行に走った原因を、あたかもその母親からの叱責のせいだと言わんばかりに語っていた自分の了見の狭さに愕然としたのです。
同時に、そのとき、はっきりと感じたのです。
同じように叱責しても、それがすごくダメージになる場合も、別にそうでもない場合もある。
その子の母親が悪かったんじゃない。
その子の家族が置かれていた状況が、しんどかったんだ。
と。
大きなコミュニティの中だったら、いくらでも逃げ場や隠れ蓑があり、何かの摩擦や衝撃が起きたって、どこかに吸収されたり、ほかの刺激に気が紛れているうちに忘れちゃったりする。それが、1対1となった途端に緊張感のあるキリキリした空気が張り詰め、投げたボールがそのままノーバウンドで跳ね返ってくるようなコミュニケーションになりやすくなる。
それってしんどいな。
正直そう思いました。
母親のせいじゃない。だけど、子どもにいろんな問題が起きたら、母親はきっと自分の育て方が悪かったんじゃないかと自分を責める。この少年の母親に至っても例外ではありませんでした。そして、私も、知らず知らずにうちにその母親を責める方向に加担していたのでした。
その気づきは、私にとって、衝撃以外の何物でもありませんでした。
現代のワンオペ育児の罠
*ワンオペ育児
配偶者の単身赴任など、何らかの理由で1人で仕事、家事、育児の全てをこなさなければならない状態を指す言葉である。母親1人を指す場合がほとんどで、「ワンオペ育児ママ」という派生語もある。「ワンオペ」とは「ワンオペレーション」の略で、コンビニエンスストアや飲食店で行われていた1人勤務のこと。1人で全てをこなす過酷な状況から、それを行っていた企業がブラック企業だとして社会問題となった。こうしたブラック企業の「1人で全てをこなす」状況と近いことからネットを中心にこの言葉が使用されるようになった。
(コトバンクより引用)
現代の女性たちが自動的に陥りやすいワンオペ育児。
子どもが熱を出して保育園から電話が掛かってきたら。自分に急な出張が入ってしまったら。子どもに習い事をさせたいと思ったら。
子育てにおいては、保育料、家事代行、教育費…すべてワンオペレーションで回そうとするとものすごい出費になります。
また費用を抑えようと思えば、その分、自分の時間を極限まで削ることに。
頑張っても、頑張っても、頑張っても、永遠に片付かない洗い物や洗濯物。片付けても片付けてもまた一瞬にして散らかされるおもちゃ。
終わりの見えない無限のループ。かさむ費用。
頑張らないと。自分でなんとかしないと。
そう、思えば思うほど、しんどくなる。
そのしんどさが教えてくれるのはひとりで全部をやろうとすることの限界。
「人に迷惑をかけず、自分のことを自分でする」のがワンオペレーションの罠だとしたら、それをひっくり返すと「人に頼って、みんなのことをみんなで助け合う」となります。
しかし、この現代でそれをどうやって実現すればいいと言うのか…。
縦(血縁)・横(地域)に加えて、ナナメの関係性
何と言っても、最初に鍵となってくるのは、両親や夫との協力関係をいかに築くことができるか。地域の支援にどれだけ繋がることができるか。それはもう言わずもがなです。
ただ、今の時代、それだけでは限界があるのかもしれません。
頼りになる親族が近くにいないこともあれば、嫁いだ先の地域に価値観が共有できる人が見つからないこともあるでしょう。
「みんなで助け合う」と言っても、いくら狭い核家族での子育てがしんどいと言っても、きっともう時代が拡大家族へと戻ってゆくことはない。
第3の選択肢として、血縁や地縁を超えたナナメの関係性を築くとしたら、現代ならば、インターネットを通じて同じ価値観を持った仲間と出会うことが挙げられるかもしれません。
「同じ考えを持っている」「励まし合える」「悩みが共有できる」仲間と出会えることは、きっと大きな助けになる。
しかし、残念ながらそれでもきっと不十分です。なぜなら、実際のタスクやしんどさが分散されることはあまりないからです。
ひとつ、決定的に大切なことがあります。
いのちの連鎖を取り戻す
わたしは、「たすけあい」を次のように定義したいと思います。
・できることがあれば、人に提供する
・できないことがあれば、人にお願いする
至極当たり前のことを言っているようですが、リアルの世界で家族でも親族でもない人にお願いするというのは実は結構ハードルが高かったりします。だって、これまでずっと人に迷惑をかけず、自分にできることは自分でやりましょうと育てられてきたのですから。
本当に頼って大丈夫なんだろうか。
嫌な顔されたりしないだろうか…。
育った環境においても頼り頼られることをあまり体験していない場合、それを自力で身に付けることは想像以上に難しいと思います。
この「自分でできることは自分で」という考え方は、分離した世界からくる考え方だと思っています。毎日通勤電車で出社し、コンビニ弁当を食べ、娯楽に映画を見てチェーン居酒屋で外食して帰宅する。家事はすべてオートメーション化・・・そんな風にすべてのことが分業化され、誰が作ったのか運んだのか調理したのか皆目分からないものを大して味わわずに食べ、刺激の強いものを消費してストレスを緩和する生き方が当たり前になってしまっている現代では、すべてのいのちがバラバラに存在してしまっています。
私たちの親の世代にそうなり始めた世界は、今、私たちの世代で、既にそうなっている世界として経験されています。
この「空気」を変えることは、ひとりではできません。だけど、このままでいいとは到底思えない。
この世界を、次の世代にさらに色濃くして残してゆけるのか・・・?
社会を変えたいんじゃないんです。
わたしは、思うんです。本来、すべてのいのちはバラバラじゃなかった。
もっと言うならば、今だって、多くの人が額に汗して工場で働き、輸送し、買い手のことを考えてディスプレイし、そしてようやく自分はそれを口にすることができる。今だって、いのちの連鎖はそうして繋がっている。
そのことに気付くだけでいいんです。思いを馳せるだけでいい。
自分でできることを自分でやっているつもりでも、自分ひとりの力でできていることは、全体のほんの一部にしか過ぎないんだってことに。
そのことに感謝して、いのちの連鎖に畏敬の念を持つお互いならば、たすけたすけられることは、もっと当たり前になるんじゃないかと思います。
なぜ今神戸に2000人もの人が集まろうとしているのか
森が燃えていました
森の生き物たちは われさきにと 逃げて いきました
でもクリキンディという名のハチドリだけは
行ったり来たり口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます
動物たちはそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」と笑います
クリキンディはこう答えました
「私は、私にできることをしているだけ」
(『ハチドリのひとしずく』より)
燃えさかる森を見て、黙ってみていられないと立ち上がったひとりの女性がいました。
彼女は、この森を愛していたから、誰にも理解されなくても、自分ひとりでこの世界を創り上げるのだと、この世界観への共感者を集め始めました。
最初にそこに気が付いた人たちが、「母親」という役割を担ったたくさんの女性たちでした。
圧倒的にタスクが増え、ひとりでやることの限界を迎えたことで、彼女たちは、いち早く いのちの連鎖を取り戻すことの大切さに気が付いたのです。
今、神戸でマザーアースというプロジェクトが始まろうとしています。
わたしは、このプロジェクトをとおして、自分にできること・できないことと向き合いました。
そして、この時代の大きな変化の旬に、このままではいけないという大きな変化のエネルギーが生まれようとしているのを肌で感じてきました。
たくさんの人たちと、このいのちの繋がりを取り戻すことを思い出したい。
先輩お母さんたちは言います。
「今、とっても幸せです。ただね。もっと早く気が付いていたら、子どもが一番可愛いときに、もっと喜びいっぱいに子育てができていただろうな」
これからいのちを育んでゆく人たちが、当たり前のそこに立って、子育てを始められる世界。それをみんなで支える空間。
この感覚があれば、きっと 私たちひとりひとりがこの世界を広げてゆくことができるんじゃないかと私は思います。
今、子育て支援の現場ではたくさんの居場所や支援が立ち上がっています。
みんな、バラバラでやるんじゃなくって、いのちはひと繋がりなんだって、ここで確認し合おう。そして、この世界を優しくみんなで広げていこうよ。
ひとりの女性から始まったこの動きは、多くの人たちを動かしました。
神戸市の子ども支援課の方々も応援してくださり、たくさんの保育所や学校でもチラシの配布などのご協力をいただきました。
このプロジェクトの動きを通して、本当に多くの気付きと出逢いが生まれ、これからの新しい時代に向かうエネルギーが集約されてきています。
これからお伝えしていきたい、素晴らしい人・物・場所とたくさん、たくさん、たくさん繋がることができました。
ひとりがひとりに、丁寧に思いを伝える。
その連鎖だけで、申し込み数が1300人に達しました。
昨日・今日と1日100人ペースで申し込み数が増えています。
そしてなんと、主催のその女性からすべてのチケットが無料でギフトされることが発案されました。
さらに、当日、会場では「頼っていいんだ」ってことを肌で感じられるように、様々な仕掛けや受け入れ態勢が練られています。
私たちが観たかった世界観をこの規模で体現してしまおうとしているのが、マザーアースなのです。
チケットはこちらから無料で入手することができます。
https://www.mother-earth-family.net/tickets
ハチドリのひとしずく。
児童虐待の予防、というけれど。
早期発見の大切さ、というけれど。
一番に力を入れるべき、みなで目指していくべき方向性は、こっちじゃないかなぁとわたしは心から感じています。
頑張ってきた自分に、ありがとう。
みんなで生きていく世界よ、こんにちは。
そんな世界が今、ひとりひとりの内側から、始まろうとしています。
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