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戦略は組織能力に従う!キャズムを超えるための組織能力
成長を目指す企業が革新的な技術やビジネスモデルを市場に広める際、キャズムという大きな壁が立ちはだかります。
これは、イノベーター理論におけるアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある深い溝を指し、多くの企業がこの段階で成長の停滞や失敗を経験します。
キャズムを超えるには、単にプロダクトの改良だけでなく、組織能力(ケイパビリティ)の変化と、それに伴う適切な人材の確保・育成が不可欠です。
組織が先か、戦略が先かの命題において、1962年にチャンドラーが「組織構造は戦略に従う」を、1965年にアンゾフが「戦略は組織能力に従う」を主張されています。
チャンドラーが指す「組織」 とは「組織構造(Organizational Structure)」を意味し、アンゾフが指す「組織」 とは 「組織能力 (Organizational Capability)」を意味していることから、”組織構造は戦略に従い、 戦略は組織能力に従う”という観点から、キャズムを超えるためには、まず組織能力の強化が不可欠であると言えます。
今回は、成長企業がキャズムを乗り越えるための組織能力の進化と、顧客ニーズに応えるためのポイントを、具体的な事例を交えながら考察します。
イノベーター理論とキャズムの課題
アメリカの社会学者エベレット・ロジャースが提唱したイノベーター理論では、新しい技術やサービスが市場に広がるプロセスを以下の5つの層に分類します。
①イノベーター(全体の2.5%)
・最も早く新しいアイデアや技術を試す先進的な層
・リスクを恐れず、イノベーションがもたらす可能性に対して前向きに検討する
②アーリーアダプター(全体の13.5%)
・トレンドに敏感なオピニオンリーダー層
・先行事例を参考にしながら積極的に推進する擁護者が存在し、変革に適応できる土壌が整っていることが多い
・また、参考にされやすく普及の鍵となる
③アーリーマジョリティ(全体の34%)
・実利を重視しながら慎重に検討するが、比較的早い段階で取り入れる層
・変革に適応できる土壌が十分ではなく、反対派が一定数存在するため、社内での意思決定には明確な利点や成功事例の提示が求められる。
・また、市場シェアを抑える上で欠かすことができない普及のボリュームゾーン
④レイトマジョリティ(全体の34%)
・多くの人が使い始めたことを確認してから採用する保守的な層
・利点の根拠があろうとも反対意見が強く、擁護者を増やすために論理だけではなく信用が必要となる
・変化を好まないが、市場のシェアを多く占めるため抑えられると後発に対する障壁となる
⑤ラガード(全体の16%)
・最後まで変化に抵抗する層
・伝統や慣習を重視し、新しいものに抵抗を示す
キャズムとは、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある大きな断絶のことであり、新しい技術やサービスが初期市場から主流市場へと広がる際の最大の障壁とされています。
初期市場(イノベーター〜アーリーアダプター)から主流市場(アーリーマジョリティ〜レイトマジョリティ)へと移行する際、この溝を超えられないと成長が鈍化します。
たとえ先行者であっても、戦略的にキャズムを突破できなければ、後発プレイヤーに市場を奪われる可能性が高まります。
最悪の場合、事業の採算が取れないと判断され、市場からの撤退を余儀なくされることもあります。
各フェーズで求められる組織能力
①初期段階:イノベーター〜アーリーアダプター攻略期
このフェーズの顧客層は、積極的に自社の変革に取り組んでいます。
そのニーズに応えるための組織能力は下記が挙げられます。
・ビジョナリーなセールストークを通じて、初期の顧客と長期的な関係を構築する力(起業家、セールス)
・ニーズを素早く掴み、関心を惹く技術や機能に落とし込む力(Bizdev、エンジニア、プロダクトマネージャー)
事例)Tesla
創業当初、エンジニアリングに特化したチームを結成し、EV(電気自動車)の技術開発に集中。
当時の顧客は環境意識の高い先進的なユーザーをターゲットとして、ビジネスモデルも高価格帯のプレミアムEVに特化して展開。
<組織能力強化のポイント>
・事業の不確実性が高く、優秀な人財を採用することが難しいが、顧客ニーズに対する仮説検証のスピードと調整が勝負となるため、事業視点を持つ優秀層の採用に妥協しない
・市場が小さい段階であるため、収益化の見通しが立ちにくく、採用計画および役割分化に柔軟性が求められるため、役割に固執する人は採用しない
・成功事例や評判を創出するために、顧客との関係性が重要であり、一方でプロダクトやサービス自体が未完成であるため、ハイタッチに顧客に時間を投資できる体制をつくる
② キャズム突破段階:アーリーマジョリティ攻略期
このフェーズの顧客層は、技術的な優位性だけでなく、使いやすさや導入のしやすさを重視する傾向があります。
そのニーズに応えるための組織能力は下記が挙げられます。
・顧客数の拡大に耐え得るスケール可能な仕組みを構築するプロセス設計力(マネジメント、事業推進)
・市場ニーズに合わせた販売戦略の構築力(セールス、マーケティング)
・ユーザー定着のための仕組みづくり(カスタマーサクセス、カスタマーサポート)
・多様化する顧客のニーズをサービスやプロダクトに反映する事業開発力(Bizdev、PdM、エンジニア)
・資金用途の最適化のためのアカウンティングとファイナンス(経理財務、経営企画)
事例)Slack
当初はスタートアップや開発者向けのツールとして認知されていたが、企業向け市場を攻略するために、セキュリティの強化や管理機能の充実を推進したり、導入しやすいUI/UXを整備。
また、大企業向けのセールスチームを強化し、市場拡大の体制を構築。
<組織能力強化のポイント>
・初期のビジョナリーな文化と、プロセス重視の文化の摩擦が生じやすいため、適切なバランスを取るためのミドルマネジメントの登用が必要となる。外部採用には組織適応の難易度もあるため、内部昇格のどちらでも1〜3年スパンでの計画を持つ
・急激なニーズの対応に組織のキャパシティが追いつかなくなる可能性が高まるため、顧客の優先度順位をつけるための情報収集と意思決定の精度を高める体制をつくる
・多様化する資金の用途を最適化するための戦略を立てる経営チーム力の強化が成長率を左右する
③拡大段階:レイトマジョリティ期
このフェーズの顧客層は、より保守的であるため、安定性や信頼性を届けることが必要となります。
そのニーズに応えるための組織能力は下記が挙げられます。
・顧客ニーズの増大に耐え得るサービス品質を担保するためのオペレーション最適化力(マネジメント、セールスイネーブルメント)
・顧客内で生じるサービスやプロダクトの不安に打ち勝つブランディング力(マーケティング、広報)
・顧客内で生じるサービスやプロダクトの実装の障壁に対するサポート(カスタマーサクセス、CRE)
・大手企業との提携を推進し、販路やエコシステムを構築する交渉力(事業開発、パートナーアライアンス)
・規制対応や企業統治を強化するリスク管理能力(法務担当)
事例)Airbnb
当初は若い旅行者向けのプラットフォームだったが、主流市場へ展開するために、ホテル業界の規制対応を強化したり、法人向けプランを導入し企業ユーザーを獲得し、保守的な顧客層にも受け入れられるブランド戦略を推進。
<組織能力強化のポイント>
・組織のスケールに伴い、成長期の挑戦文化が薄れ、官僚的な組織になるリスクがあるため、適切な組織文化の維持が必要となる
・評価や給与の差に対する不満が生じやすくなるため、キャリアパスや人事制度の構築が組織の安定性を左右する
・特定の戦略戦術実行のための異才が必要になるため、経営と現場を接続するマネジメント力が要となる
・成長期に芽生えた過去の成功体験で経営判断や現場の行動基準でバイアスが生じやすくなるため、井の中の蛙とならないように市場環境に目を向ける組織運営力をつける
まとめ
成長企業がキャズムを超えるには、下記の3つが鍵となります。
1.顧客理解の深化(ターゲット顧客の変化を的確に捉える)
2.スケーラブルな組織設計(成長に対応できるプロセス整備と人材配置の最適化)
3.市場適応型の販売戦略(ハイタッチモデルからスケーラブルなセールスモデルへの移行)
War for Talent(人材獲得競争)の時代において、各成長段階で必要な人財を確保し、組織を適応させながら市場を拡大することが、持続的な事業成長の鍵となります。