#colors
ふとスマホへ視線を落とす。時刻は6:05。
日課となっている朝のジョギングのゴールは、いつもこの公園だ。ようやく色付いた銀杏並木を抜けて、明け方の空を反射する池の脇のベンチへ腰を下ろす。まだ目覚めていない街の一角で、静かに息をつく。
少しずつ明るみ始める空に流れる雲を目で追いながら、汗を拭う。突き刺すような寒さが今は心地良い。
歳の瀬も迫る12月26日。早朝の公園には人気がなく、風が落ち葉を撫でていく音がはっきり聞こえる。汗が引いたのを感じる頃には、周囲の家々に明かりが灯りはじめた。
遠くを走る電車の音を聞きながら、立ち上がり、一歩を踏み出す。
街が起き出す気配を横目に、家路を辿る。ふと香ってくる誰かの家の焼き魚の匂いに、朝食を用意しているだろう彼を思い浮かべながら。
ふとスマホへ視線を落とす。時刻は8:17。
都心へ向かう列車の車内は、いつもより閑散としている。学生は冬休みに入っていてほとんど姿がみえない。ラッシュアワーにしては静かな車内には、次の停車駅を案内する車掌の声だけが響いている。窓の向こうを流れる景色を見るとはなしに眺めながら、今日やるべき仕事の段取りを考える。いつしか習慣になってしまった朝のルーティン。
今の部署へ配属されて半年が経つ。ようやく仕事のノウハウが分かってきて、最近は少し楽しい。締切が年明けの作業の進捗を整理しつつ、打ち合わせで報告すべき事柄を頭のなかで列挙する。
車内に射し込む朝日もどこか穏やかに感じる。ドア付近に座り、英単語帳を熱心に読んでいるひとりの学生が目に入る。そのシルエットが、高校時代いつも同じ電車で通っていた彼を思い出させた。生真面目な彼も、通学時間よく参考書をめくっていた。
目の前の学生は、口を動かし小さく単語を発音しながら例文を覚えている。同じ勉強方法だな、と懐かしく思い出した。俺は彼の発する音を聞きながら列車に揺られるのが好きだった。
今週末で仕事納めだ。年越しの帰省の予定はまだはっきり決めていなかった。週末、彼の家を訪ねよう。そして、今日のこの風景の話をしよう。
「今度の日曜、そっちに帰る。家寄らせて」
それだけ送信したら、会社の最寄り駅のホームへ列車が到着した。
改札を出て見上げた空は、冬らしく澄み渡っている。
ふとスマホへ視線を落とす。時刻は22:28。
軽快なメロディに続いて、女性の声で風呂の準備ができたと告げる。膝に抱いていた猫が先に反応して、洗面所へ駆けていく。パジャマを抱え後をついていく。
今日あったできごと、交わした会話を思い返しながら、シャワーを浴びる。明日の仕事はどうやって進めようか。週末には何をしようか。脈絡なく少し先の未来にまで思いを馳せる。
浴室の中まで侵入してきた猫と目が合う。ふかふかの冬毛をまとった丸い体に水飛沫がかかっている。浴槽の淵へ器用に乗って毛づくろいをするこの小さな生き物は、ヒトを大きな猫だと思っているらしいから、風呂に浸かる俺が溺れないよう見張っているつもりかもしれない。
大きく息を吐き出して、肩まで温かな湯に沈む。
ゆったりと全身のちからを抜く。しばし放心してから、ぼんやりと思考が戻ってくる。
俺の大切なひとたちは、今日を穏やかに過ごせただろうか。いま俺のように、ゆったりとした心地でいるだろうか。
明日を優しい気持ちで迎えるために、今日のおわりを静かに過ごせているだろうか。
水面を撫でようとする猫の手を伸ばした足でからかいながら、そんなことを思う。
取り留めない思案を振り払うように、湯船からざばりと立ち上がる。
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Cait-C結成1周年、そして、2ndEP『#colors』配信開始おめでとうございます。
1stEPの楽曲6曲から生まれた短編小説に登場した彼らの日常を覗く、というのが今作のテーマでした。#colorsから私が感じるのが、特別な日ではなくて日常の連続から繋がる人との縁だったり人生だったり、そういうものでした。アルバム発売から一か月、そんな空気感で小説にしたいなとイメージしていて、私が生み出した彼らの日常を描くことにしました。
山口智広さんの誕生日という、私にとっては特別な1日。この日にこれを投稿するのが目標だったので、書き上げられてよかった。