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倉俣史朗に学ぶモノ作りの態度

美術館に出かけることが日本滞在の目的のひとつになっている。有難いことに実家の近所には優れた美術館が揃っており(あくまでの私の好みに合っているという点において)、それが日本滞在をより刺激的なものにしている。
昨年の目玉はなんといっても目黒区駒場にある日本民藝館で開催された「柳宗悦と朝鮮の工芸」だった。これほど興奮し没頭した展示は人生に何度あるだろう。決して有名でない市井の人々の手から生まれた私欲のない純粋な工芸がこうも温もりとユーモアに溢れていることか。そこで購入した大きなポスターは海外の私の一人部屋に飾られ、この1年の孤独な日々を支えた。
今回の日本滞在は残念ながら館の年末年始休業と重なって訪れることができず、少なからぬショックを私に与えた訳だが、さほど期待せずに(失礼)訪れた世田谷美術館の「倉俣史朗のデザイン展」がとてもよかった。というのもこれまでに倉俣の作品は何度も見たことがあったし(東日本大震災が起こったのは21_21DESIGN SIGHTで開かれた倉俣展を見た直後だった。故に倉俣の作品は私の中で震災を思い起こさせる)、これまでのところ彼の作品は「私のためのもの」ではなかったからだ。
しかしながら今回は刺激を受けた。作品もさることながら、モノ作りにおける彼の「ことば」に、だ。商業的にも成功し海外(とくにフランス)でも評価された彼の作品は、一方で商業的な成功を目的とせずに純粋な表現に徹底した、と少なくとも私はそう感じた。彼の言葉からもそれがうかがえる。それは本当にすごいことだと思う。商業的に成功しなければならないが、しかし商業というモンスターに身を預けないでいること。
たとえば彼はこんな言葉を残している。

移り変わりの激しい現代にもっと「永久性」が必要だと思う。固定された不変ということではなく、人間の本質を不断に触発し、創り出していくという意味で。

倉俣史朗

彼がモノを作り続けた60年代から80年代にかけての日本は爆発的な威力で時代が前に進んでいった。衣食住は満ちるようになり余暇が推奨され消費が促進され、次々に新商品が開発されていった。その頃にどれほどの刹那的な物質的消費が繰り返されてきたか。40年以上を経て情報的消費の海にのまれながら生きる私たちにも想像ができるだろう。
倉俣はそのような物質的消費の激しい時代にモノを作り続けた。人々の感覚の変化を注意深く観察し、新しい素材を積極的に使いながらあのような誰も見たことがない家具を作り続けた。その目新しさに人々は興味を惹かれ彼の家具に近づく。しかしそこで触発されるのは実は私たちの永久的な本質なのだ。家具とは何か? 生活とは何か? 見えるものと見えないものとは何か? 人間の本質的な問いを、図らずも私たちは提示されることになる。ユーモアたっぷりに。
今日も私やあなたはスマホを開き、ブラックホールのような無限の情報を消費していっただろう。インスタで誰かがあげた1ページは私やあなたによって無為のうちに右から左へ流されていった。そのようにして情報的消費が激しくなればなるほど、少しでも多く注目を集めるためにより瞬発性に優れた表現が試されるようになる。短距離走のようなものだ。だから移り変わりの激しい時代に利益を得るには自ずと永久性と逆行するベクトルが大きくなる。ある程度仕方のないことだ。だからこそ倉俣はすごい。商業的成功が求められる中で、商業的成功を目的とせずに永久性を求めてものを作り続け、そして結果的に一定の商業的成功をあげたのだから。彼の業績を「成功」と言ってよければ。
「永久性というのが『固定された不変』ということではない」という点にも、なるほどと膝をつくものがある。彼の作品は伝統や保守性とは程遠い。前述したように新しい素材を積極的に使い、形のコンセプトにおいても実にチャレンジングだった。先人の成果や常識に安住するな、誰も見たことがないものによって消費者を永久性に引き戻すんだ。あの柔らかな物腰の中にそんな強い意志を感じる。
そんなことで、今回の倉俣史朗展はとてもよかった。他にもはっとする言葉をたくさん書き留めたので紹介したいところだけど、すでに長くなってしまったようなので今日はこの辺で終わりにしようと思う。今ここに書かれた文章も情報消費の塵となってブラックホールに吸い込まれるのだろう。利益を考えるならもっと短くわかりやすい表現で、要点をうまくまとめて、なんて添削が入りそうなものだが、書くという行為は私にとって第一に個人的な吐露であり、個人的な本質への到達を目指したものなのだ。そして個人的な本質への到達が「みんな」の本質への到達に繋がっていくのだとほんとうに信じているのだ。だから私はこれからも自分が本当に書きたいことを、なるべくわかりやすく面白く書いていきたいと思う。倉俣がそうしたように、ユーモアをいつもお供にして。

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