見出し画像

Jakartaという名の楽曲をリリース

2021年に入り、9曲目(Remixも含む)のリリースとなり、今年に入ってから続けている都市の名前をダンスミュージックシリーズとして“Jakarta”という楽曲をリリースしました。
なぜ、このようなダンスミュージックシリーズを続けているのかという理由については、New York Cityという楽曲をリリースした際に記載しているので、そちらをぜひご覧ください。

| Jakartaに行くきっかけ

2017年3月にBest Part of Usという楽曲でデビューした私たちは、自分たちの想像をはるかに超えるスピードで、世界の多くの人に聴いてもらえる楽曲になりました。そのきっかけとなったのが、Spotifyであり、その後にリリースした楽曲達も同じように瞬く間に世界の人に聴いていただけることになります。
デビュー曲を含めて、事前に5曲程用意していた楽曲達は毎月のリリースにより世の中に出ていき、そしてSpotifyによって想像を超えるスピードで再生数を伸ばしていきました。
この勢いと止めることなく、次の曲を用意しなければ。リリース以外に、何をしなくてはいけないんだっけ?などと、慌ただしい日々を過ごしている中、Spotifyから連絡が届きます。

「日本代表として、Spotifyが主催するライブイベントに出ませんか?」

どうやら、Spotifyが主催するインドネシアで開催のライブに関するオファーのようです。
2017年時点では、いわゆるサブスクに音源を配信しているアーティストも限られていましたし、リリースしているアーティスト達もそこまで重要視していなかったように見受けられます。また、日本発で海外で聴かれているアーティストが少なかったこともあり、奇跡的に、偶然に私たちにオファーが届きました。楽曲を作ってリリースしていくことしか考えていなかった私たちにとっては、嬉しい気持ちと同時に、困惑したのが正直な感想です。

「ライブの準備してない、どうしよう」

具体的にはあまり覚えていませんが、この話は2017年6月くらいだったかと思います。デビューから3ヶ月後の話です。

| Jakartaに行く準備

ビザを取得するために、写真館に行き証明写真を撮ったり(背景色の指定があったので)、テックライダーと呼ばれるステージ上の機材等の指示書を用意したり、もちろんスタジオに入ってパフォーマンスの検討をしたりと、ライブに向けた準備が進められていきます。
一方で、ライブ時間に対して、私たちがリリースしている楽曲を全て合算しても“尺”が足りません。
このライブに向けて作った楽曲が、Darling Break FreeSunset Breezeという楽曲になります。Sunset Breezeに関しては、このライブ当日に初お披露目&リリース日ということで思い出深い1曲でもあります。
楽曲制作を行いながら、色んなメディアからインタビューを受けたり、そしてライブに向けた準備をしたりと、全く想像もしていなかったような日々を過ごしながら、ライブに時間が迫ってきます。

| Jakartaに到着して

2017年8月、慌ただしい日々を過ごしながらも、最初のオファーから考えればあっという間のタイミングでインドネシア、ジャカルタに到着します。
飛行機を降りて、空港に入ると、複数の警備員達が私たちを取り囲みながら、誘導していきます。
通常ならば入国審査を経て...という感じですが、あらゆるゲートを何事もなかったように通り抜け、あっという間に外に出ます。
出口には車が複数台用意されており、警察に誘導されながら、渋滞の道路をあっという間にくぐり抜け、宿泊予定のホテルに到着です。
この道中、街中に設置された大きな看板には、Spotifyのライブを宣伝するためのポスターがたくさん貼られているだけでなく、私たちの写真まで載った看板がいくつもあります。

「とんでもないことになっているな」

AmPmを含めて、わずか4人で来た私たちは、ジャカルタに到着して事の重大さを目の当たりにします。
外に出るにも、専用の車が用意されていますし、必ず警備がつきます。
デビューから僅か半年、スーパースターになった気分です。

| AmPm初のライブ、Jakartaにて

ライブ当日、会場の周りにはたくさんのお客さんが並んでいます。
このライブにはNCT127や、インドネシアの人気アーティストも出演するということもあり、日本と似たようにお目当てのアーティストの名前や写真が載ったウチワを持った人たちがたくさんいました。
トップバッターとして、私たちの出番が迫ります。何人くらいいたのか分かりませんが、いわゆるアリーナサイズの会場は埋め尽くされており、熱気で溢れかえっています。

私たちの出番が数分前に迫り、舞台袖でスタンバイ。
ライブの始まりを告げる合図なのか、インドネシア国歌が流れます。会場中、大熱唱。そして、私たちの登場を知らせる60秒前のカウントダウンが、ステージに設置されたモニターに映し出されます。

私たちの登場に、大声援で迎えられ、ステージ袖から中央に設置されたDJブースに到達するために、既に全身鳥肌が立ち、これまで体験したことのないような高揚感に。
この時点で、デビューから僅か6ヶ月。日本ではない、ジャカルタの地で私たちの楽曲を披露します。

大歓声、大熱唱。
ゲストボーカルとして、帯同してくれたMichael Kanekoも「ジャスティンビーバーになった気分」だったと、後に語っています。

異国の地で、自分たちを大歓声で迎えてくれて、大熱唱で歌ってくれたあの時の感動は、色褪せることなく、今でも鮮明に覚えています。

このインドネシアでのライブがきっかけで、同じく出演していたDipha Barusとの交流のきっかけになり、On The Black and White / Dipha Barus Remixのリリースにつながっていきます。

前振りがとても長くなりましたが、このような思い出もあり、私たちにとって大切な街の一つであるJakartaの名前を付けた楽曲をリリースすることになりました。

| 新曲 Jakarataについて

Tokyo、New York Cityに次ぐ、ダンスミュージックシリーズとしては第三弾の楽曲です。同じダンスミュージックという括りではありますが、前の2曲とは少し趣が異なり、オリエンタルな要素を多く取り入れています。
特にインドネシアの民族楽器、アンクルン(Angklung)とガムラン(Gamelan)という楽器を取り入れたことで、オリエンタル感が増長され、Jakartaらしさのようなものが感じられると思います。
これらを、Slap Houseアレンジに仕上げることで、AmPmらしさやJakartaらしさが伝わると思います。
楽曲についての解説を文章で行うよりも、実際の音源を聴いていただき、感じていただくのが良いと思いますので、ぜひ聴いてほしいなと思います。

Jakarta、そしてインドネシアについては、多様な民族、宗教、文化が混在した独自の文化が確立されている魅力的な場所です。
また、現代的な高層ビルが多く立ち並ぶ中で、熱狂的かつ勤勉で、親密な人が多くおり、こうした様々な要素が、Jakartaの魅力であり、他の都市にはない独自の多様性を生み出しているのではないかと思っています。
このリリースのタイミングで、この場所でJakartaの音を流しながら、踊りたいな思っています。すぐに実現することは難しいですが、人々が自由に行動できるようになったタイミングでは必ずやJakartaに戻り、また多くのコトを吸収したいと思います。

引き続き、都市の名前を付けたダンスミュージックシリーズは続きます。
今回は、Jakartaをぜひ楽しんで聴いてもらえると嬉しいです!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?