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『小さな星に照らされて』

1 初めての当番付添
 弁護士になって初めての当番付添人としての出動、という緊張のためか、初回の面会は、さして話も盛り上がらないまま、ありがちな反省の言葉を聞いただけで、終わってしまった。少年が本当に反省しているのか実際のところ、よく解らなかった。
 罪名は常習特殊窃盗。余罪も含めれば、30件以上の事務所荒らしを集団で繰り返していた。被害金額も莫大なうえ、少年は、審判の数日後に20歳となる。事案からすれば逆送される可能性が極めて高いし、仮に逆送されなくても少年院は避けられない。
 この少年に対して自分は何かしてやれることはあるのだろうか、とため息がでてきた。
2 付添人として何ができるか。
 とりあえず、次の日に、少年の母親とあって話を聞いてみた。
 少年の両親は少年が中学生のころに離婚し、少年を含むほかの3人の兄弟はいずれも父親のもとで暮らしていた。中学校までは、真面目に野球に取り組んでいた少年がすこしずつ非行に走りだしたのも、丁度両親が離婚したころからだった。
 たまたま、ぼく自身も子どものころに、両親が離婚し、父親のもとで育てられた。環境からすれば、自分も非行に走ってもおかしくなかったと今でも思う。でも、自分が非行に走らなかったは、たまたま兄弟の仲がよく、悩みを話しあうことができたからだった。
 同じ役割をぼくが少年のためにしてあげることはできないだろうか。少年の気持ちを少しでも聞いてあげることで、悩みを少しでも軽くしてあげることはできるかも知れない。そう思うと、たとえ結果が変わらないとしても、自分がやるべきことが見えてきたような気がしてきた。
3 雪の日の面会
 2回目の面会に行った日は、福岡では珍しいほど雪が積もったとても寒い日だった。自動販売機で、苦めのコーヒーとココアを買って、面会室に入る。「どっちがいい?」と缶を差し出して聞くと、少年は迷わずココアを選んだ。その姿をみて、悪ぶっていても、まだ子どもなんだと確認してちょっと安心した。
 寒いなかで、缶のぬくもりを感じつつ、少年の家庭の話を聞き、自分も似たような境遇だったんだよ、と話をした。人は弱い部分をさらけ出した相手、共通項がある相手には、打ち解けて話ができるものなのだろう。
 少年も、前回とは違って、非行当時の心境などを自分から積極的に話してくれるようになった。少年との距離が近づいた気がした。
4 審判前日
 審判の前日に母親に会って、兄弟からの上申書、示談関係の書類を受け取った。そのとき、ついでに、少年が母親に対して送った手紙を見せて貰った。すると、その手紙には、これまでの面会でぼくが聞き出せなかった、少年のより深刻な悩みが書かれてあった。家の経済状態が悪化し自己破産直前までいったこと、大きな失恋を克服したと思ったら、されに裏切られるような目にあったこと。
 やはり2,3回会っただけの人間に、悩みをすべて話せというのは無理なのかもしれない。そうは思いつつも、審判前にどうしてももう1回だけ少年と話をしたくなった。全部を話してくれる必要はないし、それを願うのは無理だろう。ただ、少年が話したいけど話せなかったことがあるのならば、審判前に聞かねばならないと思った。
 面会に行って、こちらから話を振ると、少年はプライベートに渡ることまで、話を聞かせてくれた。話しながら、ボロボロ涙をこぼしていた。男の子にとって、泣いている姿を見られるのは、格好悪いものである。その格好悪い姿をさらしながら、話をしてくれる姿を見て、やっと信頼関係ができたなという実感が湧いてきた。予定を変更して、面会に来て、本当に良かったと思った。
5 審判当日
 審判でも、前日に聞いたばかりの周囲の人間への思いや、非行に加わった動機などについて、少年に話してもらった。少年は、昨日と同様、審判の間中、涙をボロボロ流し続けた。もちろん裁判官からは、「どんな理由があっても、人の物を盗ってよいことにはならない。」とこっぴどく叱られた。
 それでも、自分の気持ちをさらけ出したうえで下された審判の方が少年にとっては、重みがあるに違いない。そう信じて、あえて少年に語らせた。
 結果は少年院送致。最後に、少年の手をとって「君だったら、絶対がんばれる。」と声をかけた。それは、これまで接してきたぼくの素直な感想だった。少年は泣きながら、無言でうなずいていた。
6 審判後の手紙
 審判の直後に少年から、手紙をもらった。最初の面会のときは、「弁護士に何がわかるんだ。」と思っていたこと、でもその後の面会で徐々に印象が変わっていったこと、同じ目線で話をしてくれたことがとても嬉しかったこと、今は付添人についてもらって良かったと思っていることなどが書かれていた。また、母親からも、感謝の手紙をもらった。
 少年院送致という結果で、あまり感謝されるのも、なんだか変な気持ちだが、やはり感謝されれば悪い気持ちはしない。ぼくも、この少年の付添人をやれて、本当によかったと思えた。
7 少年院での再会
 その後、別件の出張で少年院のある地方へ行く予定が入ったとき、ぼくは躊躇なく少年院まで足を伸ばして、少年の様子を見にいくことに決めた。少年には何も知らせないまま、突然面会に行ったため、少年は「まさか、会いに来てくれるとは思わなかったから・・」とひどく驚いた様子だったが、表情はにこやかだった。
 30分ほどの面会の中で、少年は、課題で描いた絵を誉められた話や、得意のソフトボールの大会があることなどを楽しそうに話してくれた。初めて会ったときと比べると、顔つきが精悍になったように感じられたのは、ぼくの贔屓目だけではないと思う。少年自身も、「初めて先生に会ったときから、比べるとぼくはすごく成長してますよ。」と言ってくれた。
 そんな少年の姿を見ていると、鈍行列車に揺られて少年院まで来た甲斐があったと思った。
8 暗闇を照らす
 それから2日後には、早くも少年から感謝の手紙が送られてきた。手紙には、次のような詩が添えられていた。

   僕のそばには たくさんの星がいる
   真っ暗な僕をそっと照らしてくれる
   
   僕が暗闇に迷いこんでも
   いつどこからでも照らしだしてくれる
   
   一つ一つの小さな星が
   キレイな光を僕に照らしつづけてくれる
   
   いつしか僕も光だし
   小さな星となりつつある

 今度、ぼくから少年に送る手紙には、こう書きたいと思う。
 
 中学生のころには、暗闇に迷い込んでいたぼくでも、君を照らせるようになったのだから、君もいつかきっと、他の人に光を与えることができるようになるよ、と。

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