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『食事と食卓』

■ 施設で育った少年


 その少年は、子どものころから施設で育っていた。戸籍上、親は存在するが、少年に悪影響しか与えないような親だった。各地で子どもをつくっては、それぞれの施設に預けっぱなし、というそんな親だった。
 親たちは、たまに連絡をよこしてきては、少年が働いたわずかばかりの給金をせびるような親だった。仕方がないので、親権を停止し、たまたまその少年とかかわりのあったぼくが、未成年後見人となることになった。

■ 食べなくても平気です。


 少年は、同世代の子たちと比べても、やせ気味で、体力仕事はなかなかきついはずだった。たまに少年が住んでいるボロアパートに食料を送り付けたり、持参したりしていた。少年はいう。
「もう1日半、なにも食べてないんです。でも、平気です。慣れているんで」
 そんなことをいうので、近くのショッピングモールに連れて行って、食事をすることにした。少年にお店を選んでいい、というと、しゃぶしゃぶの食べ放題の店になった。


 「これなんですかね?食べたことない!」なとといいながら、少年は楽しそうに注文する。結局、二人ともデザートまでたどり着けないくらいお腹いっぱいになって、その日の食事は終った。

■ お腹いっぱいです。


 また、ある日は、事務所に近くにある小料理屋に連れて行った。家庭的な大皿料理が並ぶ店だ。おかみさんも気をつかった「なにが食べたい?」などと少年に話かけてくれる。
 常連の某地場有名企業の専務も、少年に話しかけて、「これもおいしいから食べたほうがいい」などと気を使って料理をすすめたりしてくれた。血のつながりはないけども、一家団欒のような食卓がそこにはあった。




■ 食事ではなく食卓


 結局、この日も少年は、「あ~、食べ過ぎた~」などといって、お腹をさすりながら、笑顔で帰っていった。
 きっと、少年が食事をしないのは、単に小食、ということではなく、ひとりきりの食事がさびしく、わびしいものだからだろう。その証拠に、一緒にたべるときは、笑顔でいつも食べすぎるくらいに食べている。
 もちろん、食事からとる栄養も大事だけど、みんなで笑顔で食卓をかこむことで得られるこころの栄養も大事なんだ、と思う。


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