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『ネコに餌をあげてください。』

「ネコに餌をあげてください。」
接見の帰り際、ぽつりと被疑者が口にした。
30歳前後の女性の被告人。

女性は、ネコを二匹飼っているそうで、逮捕から2日以上、
餌をあげていないので、心配なのだという。

「見捨てられたと思って、ネコたちが寂しい思いをしている
 と思うんです。お願いします。」

弁護士以外のひとから見ると意外かもしれないが、
弁護士はいろいろなことを頼まれることがある。
「台所の天袋のうえにある袋を捨てるよう妻に行ってください。」
「〇〇に連絡して、『俺は捕まったけど、心配しなくていい』と伝えてください。」
「DVDの返却期限が迫っているので返しておいてください」
「窓をあけっぱなしにしていたので、閉めておいてください」

 証拠隠滅につながるような”お願い”はもちろん却下するし、重要度の低いものも断るのだが、動物系は困る。
 飢え死にされたら、こっちも寝覚めが悪いし、その後、被疑者・被告人と信頼関係を保つことも不可能だろう。
 ふつうは、親族や友人に頼むように諭すのだが、この女性は、離島の出身で、頼みごとをできるような友人もいないのだという。

 離島の親は、娘が逮捕されたということで駆けつけてくれないのだろうか。
「連絡がとれたとしても、私、見捨てられているので、父は、来てはくれないと思います。」

 仕方がないので、鍵を宅下げして、被疑者の自宅アパートへ向い、ネコに餌をあげた。用心深いネコたちは、家具のうえから、じっと見守るだけで、結局、地上には降りてきてくれなかったが、それは仕方ない。
 事務所に戻ってから、ダメもとで、父親に連絡をとってみると、被疑者が話していた印象とは、様子が違っていた。

「警察の人から話を聞いて、明日、そっちに出ていくことにしています。あの子は元気にしていますか。」

 ぼくとも面談した父親は、被害弁償への協力と、今後は被疑者と実家で一緒に暮らすこと、ネコを実家につれて帰ることを約束してくれた。

後日、被疑者のところに接見に行くと、被疑者は父親と面会したときの様子を話してくれた。
 「私のことはいいから、ネコのことをお願い」と泣きながら話す被疑者に対して、父親はこう言ったのだという。

 『2年間、育ててきたネコのことをお前が物すごく心配するのはよくわかる。でも、父さんは、お前のことをもっと長く育ててきたんだぞ。』

 人はときとして、まわりのひとが自分のことをどう思ってくれているのか、把握し損ねたまま過ごしていたりする。きっかけが刑事事件というのは、不幸なことではあるが、せめてこれを機会に、この親子が打ち解けることができればいいな、と思った。

(追記)
 被疑者とお父さん、それぞれから、亡くなったお母さんの話を聞いた。
 あるとき、お母さんが倒れて、精密検査を受けると、病気が進行していたことがわかり、余命半年を宣告された。

 その半年の間、おかあさんは、毎月の支払先や、年賀状・暑中見舞いの送り先、そして、お父さんと娘が大好きだった料理のレシピをまとめていたそうだ。
 「これで、私がいなくなっても、大丈夫ね」
 そういって、お母さんは旅立っていったという。

 とても、魅力的な人だったんだろうなと思う。お母さんを失ったあと、福岡にでてきた被疑者は、事件を起こすような状況になっていった。
 できれば、これからは、亡くなったお母さんが安心するような幸せな生活を父娘で送ってほしい、と願ってやまない。

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