pet/fish 三宅乱丈 感想

ずっと辛いけど、緊迫感があって読めない展開や、ものすごく深いところまで抉るように描き出す心理描写が面白くて、読み始めると止まらない。
物語の着地点は、考え得る限り一番希望のある終わり方のように感じました。

以下、好きなところをネタバレ気にせず語るだけ。

・ヤマ親と子の歪な関係性
ヤマ親と子の関係は実際の親子関係かそれ以上に強くて、実親子なら双方向の(又は親→子の方が強いくらいの)感情があるのが自然なところ、ヤマ親と子の関係では圧倒的に子側が親に依存していて、親はそのことをいまいち理解していないのが悲劇的。
林さんは読者の視点からはまともな倫理観を持ち合わせた善人に見えるけれど、司からすれば再会したときの言葉選びは完全に間違っていて…。
でも、司と暮らしていた僅かな時間の穏やかさや愛情は紛れもなく本物で、司のヤマには潰れてもなお林さんと海に行ったときの記憶が残っているのがまた辛い。
司は司で、ヒロキに対して純粋に愛情を与えてあげられている部分もありつつ、ヒロキを単なる林さんを取り戻すための道具として見ている面もあり、この歪さが人間らしくていいですね。
ホットケーキをフライパンいっぱいに作って欲しくて全部黄色にして!とねだるヒロキと司のシーンは、この瞬間は確かに幸せだったのだと思い、何回見ても涙が出ます。
司がいつかこの記憶も思い出せたらいいなと思います。

・各キャラの人間味
みんな美点もあれば欠点もある(描かれている比重としては逆の方がいいくらい)ことが全員きちんと描かれているのがすごい。
誰かにとっては大事な誰か
でも他の人からしたら許せないほど鬼畜の所業をやってのけていたり
そもそも人間として社会性に欠けてたり
共闘関係にある悟とヒロキが上手くいっていないのもリアル。
悟がかなりまともな感性の青年に育っているのに対して、ヒロキはちょっと子供すぎるんだよな…。
それだけ司に甘やかされてきたという司の愛情の与え方の結果でもあり、あれだけ歪んでいる司との生活で子供らしさを失わずに育ったのもまた奇跡的だからこそ、読者視点では憎めないキャラですが、悟の「思ってたのと違う」はその通りすぎて、頼れる人がいない状況の悟が可哀想になりました。
悟は、人格形成の大事な時期を林さんと過ごせて、精神的にある程度自立もできて、林さんとの別れも司ほどの理不尽さがなかったからこそ、ちゃんと情緒が育ったんだなと思います。

・ジンさん
主人公サイドからしたら敵側の会社の人間でしたが、社長よりはよほど話が通じそうだし、petのときはそんなに悪い人じゃないのかも?という印象でしたが、fishのジンさんはちょっと辛い思いをしすぎている。作中で一番強くて優しい人なんじゃないかと思います。
petを読んでからfishを読むまで時間が空いたので気づくのに時間が掛かったのですが、ロンロン=司なのがまずキツすぎる。
愛していた婚約者は殺され、その枠に好きでもない木偶の坊があてがわれ、婚約者の名で呼ばされ、能力者を産むために結婚を命じられるなんて…。
ハオとの関係は、ジンが産まれたときから見守ってきたハオからしたら苦いものがあるだろうけど、ジンからしたら心を許せる唯一の相手だったんだろうと思います。
加えて、現実世界では意思疎通ができないし、イメージの世界では暴走しているメイリンの対応を1人で差配しているのもすごい。
30前後で苦労しすぎている。
司が記憶を取り戻せば、林さんを自分で潰したことも思い出し、耐えられないと思うというシーンが印象的。
事実耐えられないと思い記憶を消すようにヒロキに頼んだ司の弱さと、そんなこともできず自分の手で父親を殺した記憶を持ち続け、辛い役回りをこなしてきたジンさんの強さの対比がすごいなと思いました。

欲を言えば、社長派とジン派の対立とかもっと見たかったところですが、社長の時代は早く終わらせて(会社が解散しても話は簡単じゃないでしょう)、残りの人生の時間は穏やかに幸せに過ごしてほしいです。彼女を幸せにできる包容力があるのはやっぱりハオなのかな…。
ジンさんを応援したくなるのはさておき、会社(社長)の血も涙もない方針も、フィクションの中の裏社会の描き方としては迫力と嫌悪感があって好きでした。

・閉塞的な人間関係
ヤマ親・子しかり、会社の肉親関係しかり、会社の社員同士しかり…。
特にfishで描かれた会社内部の人間関係は、痴情がもつれすぎていて、ほぼ全員スキンヘッドだし、相関図が分からなくなったりもしましたが、あれだけ閉鎖的な空間で生活していればそういうことにもなるか…とも思い、男性の方が女性よりも湿度の高い関係性を望む気がしているので、そのじめっとした感じもなんだかリアルに感じたりしました。
逃げられない人間関係の、安心感と居心地の悪さが同居した感じがこれでもかと描かれるのが刺さります。

それはさておき
J(宇)可哀想すぎない…?
子供時代は理不尽な暴力にさらされ、結婚の約束をしていた女性は他の男を選び、兄のように慈しんでくれたハオはジンの愛人になり…。
どうか幸せになってほしい。

・ラストシーン
fishの終わり方はかなり駆け足に感じましたが、悟とヒロキが取り戻したかった林さんと司を取り戻せたこと、死ぬまで追ってきそうな会社が解散したことで、主人公サイドからしたら一番良いかたちに収まったと思います。
司が記憶を取り戻したときに耐えられるのか?
林さんは人格を取り戻せるのか?
問題は山積みですが、生きていてくれて、そばにいてくれるだけで救われるものはあると思います。
メイリンについては、いずれリマスターエディションで加筆されるでしょうか…。なんの罪もなく利用され続けた本当に可哀想な子なので、救いがあることを願っています。

余談ですが、petアニメのopが曲もアニメーションも大好きです。この世界観を表現できるのはすごい。

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