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掌編『関東平野のとある池にスマホが水没して』 怪談と実話怪談の間

『近畿地方のある場所について』をリスペクトしたタイトルです

『関東平野のとある池にスマホが水没して』は2024年8月10日に書いた2410文字の怪談です。一部実話。実話怪談と名乗るには、頭から尻尾まで実話でなければならないのでしょうか。オチがつくり話では、実話とは言えないでしょうか。
本作は怪談と実話怪談の中間に当たる小説です。
どこからどこまでが実話なんだ?
そんなふうに楽しんでもらえたら最高です。
タイトルは背筋先生の大人気ホラー小説『近畿地方のある場所について』に影響され、同作をリスペクトして付けました。


『スマホ』への執着

タイトルからわかるとおり、怪談はスマホを池に水没させてしまうところから始まります。
現代人はスマホに執着しています。スマホを失くし、命を危険にさらしながら探している人がいました。スマホは命の次に大切なものなのかもしれません。
最後までスマホにこだわった怪談です。主役は人間ではなく、スマホなのかもしれません。

怪談とはなにか

怪談師・作家の夜馬裕先生は、怪談とはあくまでも『談』であり、ある人が見聞きし、語る様式の怖い物語であるという説をとなえています。『語り伝える登場人物が全員消えたりしては、いくら面白くてもそれはホラーであって、怪談ではないのです』と書いています。怪談の定義の有力なひとつと言えるでしょう。
先生の説に深く納得して、実話を含んだ怪談『関東平野のとある池にスマホが水没して』を書きました。

怪談本文『関東平野のとある池にスマホが水没して』

 ひとりの青年が水死するのを、私は目撃してしまったのです。
 今年の6月のことです。
 私は関東地方のとある池で、趣味のヘラブナ釣りをしていました。
 とある池だなんて言うのは、場所を特定されたくないからです。
 そこはひと握りの人たちだけが知る釣りの穴場で、たくさんのヘラブナやブラックバスを釣ることができるのです。
 少数のヘラブナ釣り人とブラックバス釣り人が大切にしている池です。
 6月の土曜日に、私はその池でヘラブナを狙って釣りをしていました。
 数人の顔見知りの釣り人も近くで釣りをしています。
 池はひょうたんのような形をしていて、へこんでいる部分に橋が渡されています。
 橋の上で、ふたりのブラックバス釣り人がルアーを投げていました。
 橋の東側は小さい池と言われ、西側は大きい池と呼ばれています。
 私は大きい池の岸に座り、ヘラブナを釣っています。
 朝から好調で、何枚もの大きなフナを釣り上げていました。
 午後になり、橋の方から大きな声が聞こえてきました。
 ぎゃあぎゃあとふたりのブラックバス釣り人がなにかをわめいています。
 最初はよく聞き取れませんでした。
 私はヘラウキを見るのをやめ、橋の方を見つめました。
「最悪だ! 池にスマホを落としちまった!」
 ブラックバスを釣っていた青年が叫びました。
「困ったね。この網で探してみるか?」
 その友人らしいもうひとりのブラックバス釣り人が言いました。
「網を貸してくれ!」
 スマホを落とした青年は、大きな魚がかかったときに使う網で池の底をさぐり始めました。
 しかし、網で拾えるのは木の枝ばかりで、スマホは見つからないようです。
「橋の上からじゃ無理だ!」と叫んで、青年は無謀にも網を持ったまま、池に飛び込みました。
 見ていた私の方がヒヤッとする行為でした。危険です。
 さいわいにも橋の下あたりの水深は1メートルぐらいで、青年は腰のあたりまでしか水に浸かっていません。
 私が釣りをしている大きな池の水深は2.5メートルほどです。橋から大きな池に向かって、急激に深くなっているのです。
 青年は水に浸かったまま、網を使ってスマホを探しています。
「気をつけろよ!」と友人が青年に声をかけています。
「大丈夫だ。このあたりは深くない!」と青年は言います。
「大きな池の方には行くなよ。あっちは深いんだ」
「わかってる」
 ブラックバス釣り人たちも、この池の深さを知っているようでした。
 青年はなかなかスマホを見つけることができませんでした。
 もしかしたら、池の底の泥の中に埋まってしまったのかもしれません。
 もうあきらめたらいいのに、と私は思いました。
 私の隣にいたヘラブナ釣り人も同じことを思ったようでした。
「もうあきらめなよ。スマホは水没して、壊れてしまっているだろうし」と青年に声をかけました。
「俺のスマホは耐水仕様なんです。壊れていないはずです」と青年は答えました。
 彼はスマホを探しつづけました。
 しだいに捜索範囲を広げ、大きい池の方へ来るので、私はヒヤヒヤしました。急に深くなっているので、下手をすると溺れてしまうかもしれません。
 やがて雨が降ってきました。
 私以外のヘラブナ釣り人はそれを機に、池から帰っていきました。
 私はヘラブナ釣り用の大きな傘を自分の上に設置して、釣りをつづけました。雨が降った方が魚の活性が上がり、より釣りやすくなるのです。私はチャンスだと思い、ヘラウキを見つめました。
 青年はまだスマホを探していました。
「あきらめようよ」と友人が言いました。
「もう少しだけ」と青年は言いました。
 雨が激しくなってきました。
 私は危ないと思いました。
 この池は小さい池が上流で、大きい池が下流になっていて、雨が降ると、小さい池から大きい池に向かって流れが発生するのです。
「もうやめた方がいいよ」と私は言いました。
「もう少し!」と青年は言いました。
 そのとき、彼はかなり橋から離れ、大きな池の方へ寄っていました。
 危うい、と私は思いました。
 そして、私が青年を見ているときに、彼はズボッと池の深みにはまってしまったのです。
「わっ、助けて」と青年は叫びました。
 彼は頭まで水に浸かり、ジタバタともがいて、浮いたり沈んだりしました。
「ガボッ、ゴホッ、た、助けて」
 折悪しく、雨がスコールのようになって、流れが激しくなりました。
 助けるために池に入るのは、私にとって自殺行為のようなものです。できませんでした。
 青年の友人も橋の上から見守るだけで、池に飛び込もうとはしません。
 ついに青年は、池の水面から腕を出すだけになりました。
 腕は下流へと流れていき、見えているのは手首だけになり、やがてすべて水没しました。
 私は急いで橋へと向かい、青年の友人に告げました。
「あなたは警察に連絡してください。私は救急に連絡します」
「は、はい」と友人は答えました。
 その後、警察と救急隊が池に到着しました。
 雨が降る池の畔で、私と青年の友人はいろいろなことを聞かれました。
 私は知っている限りのことを答えました。
 この池の下流がとある川につながって、流れ落ちていることも警察に伝えました。
 青年の捜索が始まり、日暮れ近くになって、水死体が池とつながっている川の岸で見つかりました。
 池で溺れて死人が出たことで、何人かの釣り人がその池に通うのをやめたと、知り合いの釣り人から聞きました。
 私はしばらくは行かなかったけれど、他の釣り場ではその池ほど魚が釣れなかったので、やがてまた行くようになりました。
 8月の土曜日、私はその池でヘラブナを釣っていました。
 その日はいつもとちがい、なかなか釣れませんでした。
 暑くて、水温が高すぎるせいかもしれません。
 私はこの夏のヘラブナ釣りの状況を調べようと思って、ズボンのポケットからスマホを取り出しました。
 そのとき水音がして、水面から人間の腕が飛び出してきたのです。
 腕は私のスマホをめがけて、手を伸ばしました。
「わあっ」と私は叫んで、池から逃げ出しました。
 それ以来、池には行っていません。





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