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掌編『ブラックホールが入った箱』 宇宙戦争では技術格差が命運を分ける

劉慈欣のSF小説『三体』が示唆する宇宙戦争の帰結

宇宙戦争に限らないですね。戦争では技術力が勝っている方が勝ちます。
大砲、銃、クロスボウを持っていたスペイン人はアステカ帝国を征服し、核兵器を開発したアメリカ合衆国は大日本帝国を無条件降伏に追い込みました(スペイン人が持ち込んだ疫病、アメリカの物量がより大きな勝因だったりするのかもしれませんが)。
劉慈欣の小説『三体』では技術力に勝る三体人が地球人を圧倒します。
11次元を扱う技術で智恵のある粒子『智子』を開発して地球へ送り込み、地球人の科学の発展を阻害。
懸絶した素粒子物理学でつくり出した高エネルギー兵器『水滴』は地球人類の宇宙艦隊を壊滅させます。

核兵器を上回る宇宙の暴力『反物質』『ブラックホール』

地球人類が保有する最強の兵器は核爆弾ですが、原子核反応が生み出すエネルギーは質量の約0.1パーセントに過ぎません。
反物質を生成する技術があれば、物質と対消滅させることにより、質量がエネルギーとなって放出されます。
ブラックホールを地球上に出現させれば、地球は飲み込まれてしまいます。


地球人がブラックホール兵器を手にしたらどうなるか

核兵器を越えるブラックホール兵器を地球人が保有したらどうなるかという着想で、2024年3月9日に2295文字のショートショート『ブラックホールが入った箱』を書きました。
地球上で使用したら、生きる地盤である地球が消滅する自爆兵器です。

小説本文

 僕の目の前に立っているのは、「宇宙服を着ている小柄ななにか」だった。
 ふつうの宇宙服なら、顔の部分が透明なはずだが、それはちがうのだ。
 青い服。気密性があることはわかるが、人間が着るものとはいくつかの点で異なっている。
 背中に空気ボンベがない。継ぎ目がない。小柄な高校二年生の男子である僕よりも背が低い。
 いろいろと奇妙だった。
 学校帰り、駅までの近道の路地で、それと出会った。

「き、みは平和主、義者のよ、うなので会、いにきた」
 それは異様なイントネーションでしゃべった。まちがった方向に調教してしまったボーカロイドのように。
 僕は答えることができず、呆然とそれを見つめていた。怖かった。
「答え、てくれ平和主、義者だ、よね」
 もし応答しなかったらどうなるのだろう。
 でも、そんな試みをしようとは思わなかった。僕はあわてて答えた。
「はい、平和主義者です。まちがいなく、平和主義者だと思います」
 
 僕の父と兄は戦争へ行って殺された。
 母は爆弾の破片が突き刺さって死にかけた。
 戦争は大嫌いだ。僕は平和主義者のはずだ。

「よかっ、た平和主、義者を捜し、て、いたんだ」
「あなたは誰ですか」
「簡、単に言、うと宇、宙人」
 宇宙人か、と僕は思った。そんなところだろうと思った。人間だと言われた方が驚いただろう。だって、それはとても奇妙な雰囲気を持っていたから。

「わた、しは地、球の戦争、を憂、いている」
「戦争はとてもよくないですよ」
 僕は力を込めて答えた。戦争はよくない。徹底的に悪い。それは僕の信念のようなものだった。
「これ、をあげ、る使、いようによ、っては戦争を止、めら、れる」

 それは、僕に木箱のようなものを渡した。
 正確には木箱と鉄箱を足して2で割ったような感じのもので、なんとも説明のしようがない箱だった。大きさはティッシュペーパーの箱程度。

「そこに、はブ、ラックホ、ールが入ってい、る」
 驚いた。本当に?
 僕は箱をまじまじと見た。たいして重くない。重力制御されているのだろうか。
 箱の上には取っ手がついていて、すぐに開けられそうだった。

「取、り扱い、には注、意し、てねど、う使おうとき、みの自、由だけれど」
 青い宇宙服を着たそれは、そう言った後、すーっと空に浮かびあがっていき、雲の中に消えた。

 僕はブラックホールが入った箱を持って電車に乗った。
 国営放送局のある駅で降りて、局ビルへ向かって歩いた。

 ビルの受付で言った。
「僕はブラックホールの入った箱を持っているんです。これです。この箱を開けたら、たぶん地球は終わりです」
「は?」
 受付の綺麗なお姉さんは、僕を見つめて、顔を歪めた。変な奴が来た、と思ったのだろう。
「僕の要求はシンプルです。僕を映して、放送してください。要求がかなえられなかったら、箱を開けます」
「ちょっと待って」
 受付嬢は、どこかに電話をかけ、僕の要求を伝えてくれた。

 数分後、マイクを持った人とカメラをかかえた人がやってきた。
「きみが、ブラックホールが入った箱を持っている少年だね?」
 インタビュアーが、ぼくにたずねた。カメラマンは僕を撮影してくれているようだった。
「はい。この箱の中にブラックホールが入っています」
「この箱? なんか変な材質みたいだけれど、ブラックホールが入っているとは信じられないなあ。証拠はあるの?」
 僕は首を振った。
「信じてもらうしかありません。信じてくれないなら、箱を開けます。言っておきますが、開けたら、地球は終わりですよ。太陽系が終わるかもしれない」
「待ってくれ」
 インタビュアーは、スマホで誰かと話をした。
 その話の結果、僕はスタジオに通されることになった。

「臨時ニュースです。ブラックホールが入った箱を持っていると言い張る少年が、国営放送局に現れました。この少年です」
 女性アナウンサーがしゃべった。
「本当にブラックホールが入っているの?」
「たぶん本当に入っています」
「たぶんって、どういうことですか?」
「さっき宇宙人にもらったんです。僕も確かめたわけじゃないから、たぶんとしか言えないんです。でも、僕は本当に入っていると信じています」
「科学者を呼んでもいいかしら」
「いいですけど、その前に僕の要求を放送してください」
 彼女は脇にいる偉そうな人を見た。その人はうなずいた。 

「要求を言ってください」
 やった、と僕は思った。
「いますぐすべての戦争をやめてください。世界中の戦争を停止してください。そして、二度と始めないでください」
「え? 無理でしょ、そんなの」
 女性アナウンサーは、すべての人類を代表しているかのように言った。

「要求がかなえられないのなら、箱を開けます」
「やめて! ちょっと待って!」
「待ちます。でも僕の要求をかなえるために、偉い人たちは、すぐに行動してください。僕はマジです」  

 僕は大勢のアナウンサーやインタビュアー、カメラマン、その他よくわからないいろいろなテレビ関係者に囲まれた。
「少年、箱を渡すんだ」と偉そうな人が言った。
 僕は強く首を振った。
 
 背後から誰かに飛びかかられた。
「あっ、ちくしょう!」
 僕は箱を開けようとした。
 その前に、黒い服を着た男に箱を奪われてしまった。
「返して!」
 箱はどこかに持ち去られた。
 二度と僕のもとには返ってこなかった。

 その後、僕の国は世界を支配した。
 箱の中には、本当にブラックホールが入っていたのだろう。きっと科学者たちが、なんらかの方法でそれを突き止めたのだ。
 僕と同じように、「要求を聞かなければ、箱を開ける」と脅して、他国を従わせているのだと思う。
 世界中の富が、僕の国に集まり出している。
 醜い。
 さっさと開けて、地球人類なんか滅ぼしてしまえばよかった、と心の底から思った。

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