Take a walk across the sea の構想が最初にできたのは何年も前のことで、正確には覚えていない。
前回の記事で書いた通り、ずっーーーとソロをやろうとして、長年やれていなかった。その本当に最初にやろうと思った頃に書いていた曲。
僕は散歩が音楽と並ぶくらいに好きな趣味で、話は盛っているが、それこそ東京23区は大体踏破したような気持ちでいる。
この曲は、銀座から勝鬨橋を通り過ぎ、晴海大橋を渡っている時にふと思いついたフレーズが核になっている。
"Take a walk across the sea"
海の上を歩いて回っているみたいな気分だった。
お台場エリアは、四角く区切られた埋立地を繋ぐ橋がいくつも掛かっていて、まるでアメンボが水の上を這うようだった。
またその埋立地たちは、その昔はただの海で、人がそこに人口の島を作り、計画的に構築されている。
もっと引きで見れば、首都高速や外環道などは、東京の街は円形状に、蜘蛛の巣のように、もしくは毛細血管のように張り巡らされている。
そして、特にお台場、豊洲や有明、東雲のあたりのウォーターフロントそびえ立つタワーマンション。
ここ東京は豊かさを絵に書いた芸術のようにすら見える。
しかし、その下世話なほどギラギラした象徴的な豊かさにも、どこか退屈していて。
異様なほどの発展に飲み込まれながら、ボクはもう意味がわからなくなっていて。
本当にこれは必要な豊かさなのか?
薄々疑問に思いながらも、それらを美しい景色とさえ思ってしまう矛盾を説明できない。
この曲には、過剰な経済活動や資本主義社会を否定しようなんていう崇高な理念があるわけではなくて。
ただその不可思議さを味わいながら、疑問を持ちながら、フラフラと東京を彷徨いながら歩いていく。
その答えのない自己矛盾をそのまま表現したかった。