別の人間と暮らしてても 『きのう何食べた? 18』
よしながふみさんの『きのう何食べた?』最新18巻が発売されました。
美味しそうな料理や食事のシーンも見所ですが、主人公の弁護士シロさんと美容師ケンジが歳をとるに合わせて、両親の介護や終活といったライフイベントに向き合う様子が日常として描かれているのも個人的に好きです。
(以下、ネタバレを含みます)
さて、最新18巻はコロナ環境下の生活です。
客足が遠のき、経営に苦心するケンジの様子を見て、シロさんは折半している生活費をひとりで負担することを打診しようか悩んでいました。というのも、シロさんはあまりに甲斐性というか尽くし癖がありすぎて、恋人をダメンズに育ててきた過去があるのです。変な負い目は負わせたくないと、結局ケンジへ生活費については何も言わないまま自己完結します。
しかし、その後。制度改訂を受けて、シロさんは自筆証書遺言をケンジに打診します。従来よりも簡単かつ正確に財産分与がされる制度です。さすが弁護士。
それを受けてケンジはお金の話を敬遠します。老年期とはいえ、死後の話をされるのは心情的にすぐ受け入れ難いものがありますよね。それでもケンジはケンジなりに考え、お金ではなくシロさんがそこまで考えてくれたという気持ちとして遺言書の作成を受け入れます。
その返事にシロさんはケンジへお礼を伝えるわけですが、そっと心の中でケンジとのやり取りの続きを呟くのです。
「ねぇ それってシロさん死ぬまで俺といっしょにいてくれるって事…?」
違うよ
たとえこの先別れたとしても 俺の人生で財産を譲ろうなんて思う相手はお前ぐらいだと思うからさ
お前がその時 別の人間と暮らしてても それでいいんだよ
(よしながふみ『きのう何食べた?18』)
このモノローグに私はすっかりやられてしまいました。
以前、シロさんはお買い物友達の主婦佳代子さんとのやりとりの中で、ケンジを大事にする理由について語っているんですね。
「筧(シロさん)とこってさ 話聞いてると彼氏(ケンジ)ってやきもち焼きみたいだし 筧さんのほうがクールでもうちょっと彼氏に冷たいのかと思ってたけど けっこう彼氏の事 大事にしてるよね」
「そりゃ大事にもしますよ(…)確かに今現在あいつのほうがより俺に惚れてるとは思いますよ(…)でも情が深いって事は惚れっぽいって事で その後 先にさっさと次の相手を見つけるのもやっぱりあいつのほうだと思うわけです」
(よしながふみ『きのう何食べた?3』)
そうして、話の終わりを新しい恋人をこの年齢で見つけるのは大変だから別れたくないのだと締めくくります。
シロさんは世間体を大事にする性格ですし恋人らしいイベントや振る舞いを好むタイプでもないので、セクシャルをオープンにするケンジと比べると外面的には温度差があるように見える場面もあると思います。
それでもシロさんは生活する中で時々ケンジとの別れを考えるし、だからこそ毎日ケンジと食卓を囲めることに尊さと有り難みを感じているように見えるのです。
共にテーブルについて、同じご飯を食べて、おいしいねと言い合い、また食べたいと言われたら次にまた作るねと約束をして。
毎日の繰り返しの中では、どうしてもあたり前に感じてしまいがちな場面も一つずつ大事にできている。もちろん喧嘩をしたり、投げやりになる日もある中で、ふと思い起こして改めて自分の人生における大事なものだとシロさんはずっと抱えることができています。
私はそれをすごい事だとずっと感じていて、ふとしたシロさんの言動の端々にその片鱗を見つけると、どうしてもたまらなくなるのです。