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《木曜会:7月4日》前編

【参加メンバー】
①冷泉 ②ヒゲの男 ③ファラオ ④タケちゃん ⑤イワサキさん
⑥採用マーケの男 ⑦制作のカネやん ⑧リクルート広告のタカオ 
⑨醤油屋のゆっきゃん ⑩裁判官の女 ⑪タッキー

映像ディレクターのタケちゃんが久しぶりに木曜会へ参加する。春からの延々と終わりのない出張で疲弊したタケちゃんは、体調不良が改善しないため断酒していたのだ。

「タケちゃん、最近は、どうですか」と冷泉が尋ねる。木曜会に来るまでにいろいろあったことをタケちゃんとヒゲの男は説明しだす。

7月4日(木)の午前中——。

この日、朝からヒゲの男と映像ディレクターのタケちゃん、そして営業部長の野球おじさんはクライアントの本社(といっても日本全国そこいらじゅうに本社とか言われるものがある)に呼び出されていた。その理由は少なからず衝撃的なものであった。

「阿守くん、7月4日の午前中スケジュール空けれる」(野球)
「空けられますけど、どうしたんですか」(ヒゲ)
「Mさんから後任への引き継ぎをしておきたいんやて」(野球)
「えっ!担当が変わるんですか」(ヒゲ)
「そうやねん、7月1日付けの人事異動で担当変わるんやって」(野球)
「だって、先日一緒に壱岐へ行ったばかりですよ」(ヒゲ)
「Mさん本人はそこで言いたかったみたいやけれど、あまりに楽し過ぎて言えんかったみたいやで」(野球)

ヒゲの男はそのことを社内の3階にいるタケちゃんに伝える。少々のことで驚かないタケちゃんでも「うそ!」と声を張るくらいのことが起きたのだ。

現在、Mさんとヒゲの男とタケちゃんは新製品のプロモーション企画を絶賛制作中である。当初は新製品の田植機を全国縦断でマラソンさせようというバカげたものであり、マラソン中のBGMもLEDガンガンのトラックを並走させ「パーリラパリラ高収入♪」をモチーフとしたものを考えていたが、賢明なブラッシュアップを経て素晴らしい企画へと変貌した。(※2024年10月公開予定)

2024年初にキックオフされた本プロジェクト制作においては、2つの重要なコンセプトがある。

① テーマソングを作る
② 先行したデモ機を使ってくれたお客様のリアルな声を撮る

①については4月中旬頃に制作が終了しており、問答無用のものができている。自身が音楽活動をしっかりしておいて良かったなと感じたし、自身の作曲スキルがなまくらになっていないか不安もあったが、ドラムとベース(リズム隊)に中学生を起用することで、加齢臭感を一気に消臭したりなど、適材適所を見極める中年ならではの知恵で乗り切った。応用学である。

②についてもこれまでのメーカー側主導の単なるQ&Aではなく、最大限にコミュニケーションを重視した堅苦しさの一切ない取材をするよう工夫した。これを実現するための最たるコツは現地化である。

取材先が決まればヒゲの男は単身で現地の繁華街、それも地元の人しかいかない店に入り込み、飲めや歌えやの大騒ぎを繰り広げて、コミュニケーション上の細かなトライ&エラーを何度も試したうえで自身を現地化するのだ。
「この会話はセンシティブなんやな、しないでおこう」とか「このタイミングの合いの手はあまり馴染みがない分、抜群に効果あんねんな」とかだ。

現地化とはどういうことかまとめると、取材される側から「ヒゲの男はノーガードである」と感じてもらうことだ。異質なものが来ると構えられる、自分たちがメディアに登場すると意識させてしまうと、不自然になってしまう。なので、フリではなく心底ノーガードで立ち向かうことが大切なのだ。

そうした取材によって得られた素材は、鮮度を失わない。なぜなら、真に取材対象者の個性を彼らが素材として提供してくれているからだ。本プロジェクトでは、まさにココにこだわった。

しかし、担当者が変わることでちゃぶ台を返されることがある。さらには、D通という絶対王者が老朽化して形骸化した今、D通のご機嫌取りばかりしていた中堅以下の制作会社は「ここが勝負所だ」と言わんばかりに跋扈して、市場は群雄割拠の様相を示している。

「競合のA社なんていうのは、ひとつひとつの案件ではなくトータルプランニングをクライアントに提案する方針へと変更してるから。それが採択されるとうちとしては手が出しづらくなる」と営業部長の野球おじさんは懸念している。というより不安でぶるぶる震えている。

そういうことであれば、本社に行って自分たちがどれだけ真剣に制作をしているか知ってもらいましょうと、午前中に本社のロビーに向かった。

本社にて——。

ヒゲの男が先行して到着する。尼崎にある阪神本社のエントランスロビーはナレッジキャピタル風にインテリアを改装しており、どう使用していいのかわからないお洒落なコーヒーマシンが備わっている。

7月1日付けの人事異動は広範囲であるようで、ありとあらゆるテーブルで引き継ぎや面通しのようなことが行われている。そして、皆がスーツ姿でシュッとしている。第一印象はいつの時代でも大切だ。

割れたサングラスを付けて、麦わら帽子のヒゲの男はどう見ても浮いている。「ベトナムの革命家ホー・チー・ミンみたいやな。格好ミスったな、早く会社の同僚が来ないかな」と不安なままソファに腰を下ろし、後続の部隊が来るのを待っている。

ホー・チー・ミン(1890-1969)
ベトナムの革命家、政治家。

ヒゲの男単身では目立ってしかたがないが、タケちゃんと野球おじさんが来れば良い具合に溶け込めると考えていたのだが。

しばらくして、坊主頭にTシャツ姿のタケちゃんがやってくる。パッと見、部屋住みのヤクザの舎弟みたいである。野球おじさんはムキムキの肉体美の上にアルマーニを着こなしているが、タケちゃんと並ぶことでスタイリッシュには一切見えない。

ヒゲの男は咄嗟に「これはアカン!お前ら近づいてくるな」と感じたが、もう遅い。

2人はヒゲの男を見つけるなり「その格好、総会屋やん」と言いながら近づいてくる、ヒゲの男と同じテーブルに2人が着座した瞬間、3人合わせて映画『アウトレイジ』のようなややこしい人の構図になってしまう。その横を往来するいろいろな人がこちらを見るや軽く会釈をする。知らない人たちから会釈をされる居心地の悪さといったらなかった。

Mさんが新任の担当者を伴って吹き抜けの階段を下りてくる、「今、来るな、今、来るな」とヒゲの男は同僚2人と席を変えようとするも、先方はこの3人を見つけてしまい階段を降り切ったところで失笑している。そして業務の引き継ぎと進捗状況の確認は始まった。

新任のシャンパーニュさんは女性、ヒゲの男たちよりも15才ほど年下であろうか。この人事はクライアントの慣例からして革命的な大抜擢だなと感じた。名刺交換をした後、彼女がこれまでどこの部署にいたのかを問うてみたヒゲの男。本社と全国各地のディーラーを繋ぐ部署にて役割を担っていたと教えてくれるシャンパーニュさん。

「そういえば、とんでもない快挙を達成されましたね」(ヒゲ)
「えっ、なんのことですか」(シャンパーニュ)
「東北における、官公庁案件の獲得ですよ」(ヒゲ)
「あああ!はい!ご存知だったのですね、社内チャットでもすごい盛り上がってて、大喜びでした。そうだ、そういえばサンライズさんには大いに活躍していただいたと伺っています」(シャンパーニュ)

彼女のいう『サンライズさん』というのは弊社である。

「サンライズさんにもいろいろな人がいますが、優秀なのは数えるほどしかいませんよ」(ヒゲ)
「もしかして・・・」(シャンパーニュ)
「そう!何を隠そう担当したのは僕たちです」(ヒゲ)
「回りくどい自己アピールやめろや!」(タケ)

「その節はありがとうございました!」と必死に笑いをこらえながら真っ赤な顔してヒゲの男に向かいお礼をいうシャンパーニュさん。数奇にも点が線になって繋がるなと一連のことを改めて思い返した。5人は席に着く。

形式的な引き継ぎや業務の進捗状況を確認した後、ヒゲの男はシャンパーニュさんに「現状で何か質問はありますか」と聞く。

「私は制作というものにそこまで詳しくありません。なので、いろいろと教えていただきたいことばかりですが。例えば、製品のアピール戦略を現状よりもっとこうしたいとか、アプローチを変えてみたいとか、そういったご相談もさせていただいていいのでしょうか」

営業部長の野球おじさんはヒゲの男の方を向き、無言ではあるが「これについては、ディレクターの阿守くんが説明してあげて」と目線で訴える。

「なうほど、そうですね、一般的な意見になりますが、イメージやアプローチを手っ取り早く変える方法がひとつあります。余計な時間もお金もかけずに」(ヒゲ)
「なんですか、教えてください」(シャンパーニュ)
「今、付き合っている業者を総入れ替えすることです」(ヒゲ)
「アカン!そんなん絶対にアカン!絶対にダメですよ!彼の言うことを聞いてはダメです!」(野球おじさん)

ヒゲの男の発言を聞いたときのMさんとシャンパーニュさんの固まった顔といったら痛快であった。2人は、目を見開いて呆気に取られたあと、ソファに持たれながら大笑いを始めたのである。営業部長の野球おじさんはアルマーニで汗を拭いながら必死でヒゲの男の発言を制止しようとする。

「意志の伝わらん相手に時間を費やすよりも、さっさと業者を変えることの方が効率的だし、何より担当者としてストレス抱えなくていいですよ」とヒゲの男は本心のままを伝える。

「今まで、いろんな協力会社様とお話しさせてもらいましたが、業者を変えるのが手っ取り早いのでは?という提案は初めてだったので凄く衝撃でした」と、やはり真っ赤な顔して笑いながらいうシャンパーニュさん。

ヒゲの男は内心「あっ、本心言うてもうた」と思ったが、すぐさまフォローのために映像ディレクターのタケちゃんに話しを振る。築き上げたもの全てをぶち壊す覚悟は平気である、その上で、我らの会社の強みを改めて知ってもらおう、仕事にかける情熱を知ってもらおうということだ。

タケちゃんがどんな気持ちで仕事に取り組んでいるのか、眼前にいるクライアント2名に是非聞いていただきたい。

発言を振られたタケちゃんは、じっくり考える。ようやく自身の脳内で腑に落ちた回答が出てきたのだろう、ゆっくりと語り出す。

「オレ、あんまり農業機械に興味ないねんな」

ヒゲの男は腹の底から笑った。なんて素直な男なのだと、改めてこのタケちゃんという男が非凡なセンスを持つことを確信した。

「あの、制作期間はどれくらいかかりますか」(シャンパーニュ)
「タケのエンジンがかかるかどうかによりますね、御社の製品と違ってなかなかエンジンがかからない男なので」(ヒゲ)
「リコイルスターター式なんで、すいません。いや、今の技術やったらリコイルスターターの方がオレよりかかりやすいかな」(タケ)
「いやいや、そんなこと言いながらもちゃんとしてくれますから」(M)

プーリーに巻き付けられたロープなどを運転者が手で引いてクランクシャフトに回転を与え、内燃機関を始動するための装置である。草刈機や発電機などでロープを引いてエンジンをかけるやつ。

「リコイルスタータ―の説明」:Wikipediaより抜粋

もちろんシャンパーニュさんは驚いたような顔をして、先ほどよりもさらに真っ赤な顔して笑い転げる。前任のMさんはその模様を見ながら、なんとも優しい目でタケちゃんのことを見ている。

「もうこの2人の言うことは聞かんといてください!決して聞かなかったことにしてください!」と半狂乱になって必死に叫ぶのは野球おじさん。野球おじさんは「ブルータスお前もか」という恨めしい目でタケちゃんを見やる。タケちゃんはもちろんのこと平然としている。

結果的に本プロジェクトは、何故だかめでたいことに引き続き制作させてもらえることとなった。

ヒゲの男は最後に現時点でできあがっているテーマソングを是非とも一聴していただきたい、後でメールで送りますとシャンパーニュさんに約束する。

一連のその話しを聞きながら「もう、阿守さんも、タケちゃんも、めちゃくちゃ、ですねえ」と冷泉は、ぐふふと笑う。冷泉からは一定の評価を得られたようだ。

営業部長の野球おじさんは本社からの帰りにボソッという。

「結局のところクライアントに伝わったのは『業者を変えた方が良い』と『そんなに興味がない』という2点やん。もう終わりや」

しかしながら、ヒゲの男とタケちゃんの思惑は違う。「これまでの付き合いとかそんなこと考えず、正々堂々と評価してもらって、それでも負けるわけがない。内向きで自己保身ばかりを考える業者とは違うし、ひとつひとつの仕事に対して背水の陣で臨む」という本心が相手に伝わったと感じた。

夕方、シャンパーニュさんからメールが来る。

テーマ曲をきいているのですが、
夕方の日差しと似合う素敵な曲だと感じています。
(すぐに家に帰りたくなりました。帰り道にまたきいてみます。)

美しい文章を綴る人だなと感じた。短い言葉に感受性の豊かさが備わっており、彼女の思い描く光景が見えるようだ。


《木曜会:7月4日》後編につづく

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