スタートアップはメディアの特徴を掴め!ーー日経クロストレンド森岡副編集長に聞く、ビジネス媒体との付き合い方
朝日メディアラボベンチャーズでは、スタートアップメディア「BRIDGE」とスタートアップ広報向けのイベント「スタートアップPR Day」を共催中です。「Media Talk」のコーナーでは、メディア企業に由来を持つVCだからこそ実現できる幅広いつながりを生かし、毎月様々なメディアからゲストをお招きして業界のリアルをお届けしています。初回は、動画メディア「bouncy」の津田啓夢(つだ・ひろむ)編集長と「CNET Japan」の藤井涼編集長のお二人、第二回はABEMA Primeからチーフプロデューサーの郭晃彰(かく てるあき)さんにお越しいただきました。
テックメディアはどう作る?ーー動画メディアbouncyとCNET Japan編集長に聞く「スタートアップとの対話方法」
スタートアップがテレビに出るリアルーー #アベプラ 郭プロデューサーに聞く「取り上げにくい」ケースその理由
そして第三回のゲストは、国内経済メディアとして大きな影響力を持つ日経BPにて、日経クロストレンドの副編集長を務める森岡大地さんです。本稿はこれまでのセッションからの知見も引用しつつ、レポート形式でお届けします。
副編集長を狙う
森岡副編集長は、2006年に日経BP(入社当時は日経ホーム出版)に入社、日経トレンディ編集部にて記者活動を開始されました。その後、日経BPの看板媒体である日経ビジネスなどを経て、19年から日経クロストレンド編集部に参加。22年4月からは副編集長を務めています。
日経トレンディは、毎年の年末号で実施する「(翌年の)ヒット予想ランキング」でご存知の方も多いかと思います。森岡さんはこのランキングを長年担当されていました。
現在担当されている日経クロストレンドは、マーケティングをテーマにしたデジタル媒体です。日経BPには主力の「日経ビジネス」をはじめ数多くの雑誌媒体がありますが、日経クロストレンドはウェブ中心で、現在は約15名体制で編集部を運営しています。副編集長兼デスク担当が7名ほど在籍し、取材活動に奔走する記者の原稿を監修しています。
スタートアップのPR担当者が特に注目すべきなのが、この「副編集長」や「デスク」といった役割を担う方々です。森岡さんは副編集長を「ある程度自由に書ける記者、かつ、大きな特集があったときのデスクができる記者」と説明されていました。
初回に登壇したCNET Japanやbouncyでは、持ち込み先として担当している記者のみなさんに直接、もしくは編集長宛にコンタクトを取るべしという指摘がありました。一方、大所帯の編集部には必ず話題のハブとなる人物がいます。日経クロストレンドではその役割を「副編集長」が担っています。
媒体には主張がある
では、日経クロストレンドはどんな特徴の媒体なのでしょうか。
森岡さんは「マーケティング」という言葉にある一定の幅があると指摘した上で、「新しい市場を創る人のためのメディア」と言語化しています。
読者層は、マーケティングに関わるマーケターだけでなく、経営者や企画、販売、広報、カスタマーサクセス(サポート)と幅広く、主な年代は30代から50代。より若い層を取り込むためのアイデアも考えているそうです。
記事の種類としては、「ドンキがPB商品の『失敗』公開 顧客からの“ダメ出し”も明かす」のように記者の関心が発端の単発取材「インサイド」と、編集部が企画して月曜日から金曜日まで連載する「特集」が目玉コンテンツになっています。
例えば、10月11日から始まった特集「『Web3』はマーケティングに生かせるか?」では、バズワード化したWeb3を企業活動の視点で紐解き、専門家と共にわかりやすい言葉で語るシリーズを展開しました。
当然ですが媒体には必ず「枠」や「記事」が存在しています。枠がどのような企画なのか、どの記者がどのようなテーマに興味があるのか、記事や枠をしっかり見ると、その媒体が求めている情報の傾向が見えてくるはずです。
森岡さんのエピソードで興味深かったのは、日経トレンディの媒体特性です。非常に強く消費者を意識した媒体で、情報提供する企業の声はもちろん聞くものの、消費者のメリットが優先なので、敢えて企業の声は掲載しないこともあったとか。
主に紙の雑誌は主張がはっきりしている媒体が多いのですが、日経トレンディはまさにその王道かもしれません。企業の声を聞きつつ「本当にすごいの?」というエビデンスを突き詰めるという取材姿勢をお話されていました。
ちなみに日経BPの看板媒体「日経ビジネス」は企業の意思決定の過程や社会情勢を深掘りする媒体で、日経トレンディを消費者目線とすると、日経クロストレンドは「ちょうどその間」なのだそうです。企業の声も消費者の目線も両方大切にする、といったところでしょうか。
いつ、なにを持ち込む?は「編集会議」を理解することから
このレポートを読んでいるスタートアップのPR広報のみなさんは、実際にどうすれば話題を持ち込み、編集部のみなさんに共感してもらえるのか気になっているかもしれません。そこでひとつ、注目しておきたいポイントがあります。それが意思決定の方法です。
二回目に登壇したAbema Primeチーフプロデューサーの郭さんが説明した通り、情報は内容によって「鮮度」が出てきます。デイリーのニュースのように今日の話題を今日出す、という場合もあれば、数カ月~数年に渡る取材をひとつの番組にまとめるケースもあります。
取材した情報の「賞味期限」が短く、ウェブやTV媒体で当日のうちに報じられるような場合、意思決定は「人」に委ねられることが多くなります。一方、賞味期限が長い情報や、製作に時間がかかる雑誌媒体の場合、編集会議などの会議体の重要性が増す傾向にあります。
日経クロストレンドの場合、企画会議の頻度は月に一回程度。参加している全員が企画を持ち込み、視点や専門家の情報などを議論した上で、編集長と最終の確認をします。話題の立ち上げ方も、大きな話題をきっかけに企画にするケースもあれば、企画からファクトを集める逆のパターンも両方あるというお話でした。
コンタクトの頻度は難しいところですが、森岡さんの元には月一回、定期的にアップデートを持ち込む人もいるそうで、興味のある・ないについては常に変動するからこまめに情報交換した方がマッチングの可能性は高くなるのでは、とアドバイスしていました。
もう一点、話題の内容も気になるところです。特にテック・スタートアップの場合、テクノロジーの複雑さや業界特有の言い回し、ビジネスモデルの新規制を説明するために高い専門性を織り込んだ「自社主体」の情報提供になりがちです。森岡さんが「専門性があることは悪いことではないが、社会と広く結び付けられる話題の方が色々な視点を持った記事にできる」と語るように、いかにして自社を「世の中ゴト」にできるかはスタートアップPRの腕の見せどころかもしれません。
森岡さんはセッションの最後、会場に集まったスタートアップPRのみなさんに「媒体としてはまだ5年目で、企業の方にも読者の方にも、知ってもらうことがまず大前提です。ぜひ絡んで欲しいし、どんどん情報を欲しいと考えています。日経クロストレンドは、日経トレンディネットや日経デジタルマーケティングなど、5つの媒体が融合してできた媒体で、バックグラウンドの異なる記者が集まっており、多様性があります。いろんな視点で、様々なことにワクワクするメンバーが揃っているので『ズレてるかも?』と思っても諦めず、世の中でこういう面白いことが起きてます、といった情報をお待ちしています」とメッセージを送っていました。