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ずーっとずっとだいすきだよ
中学二年生から一緒に過ごした、実家のわんこ、めいぷるが亡くなった。
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朝、アラームとは違うリズムのバイブレーションに驚いて起きると、母からの着信だった。
出ようと思ったら入れ違いで切れてしまって、LINEの画面を開いたら『めいぷるが、虹の橋を渡ってしまいました』という文字が目に飛び込む。
すぐに折り返すと、今日会いに来れる?という確認だった。
すぐに向かい、玄関のドアを開ける。すぐ左の部屋を見ると、『Maple』と刺繍された専用のクッションに横になるめいぷる、通称めーちゃんがいる。
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もうおばあちゃんで、最近は会いに行っても基本的にはずっと寝ていた。だから、今日も寝ているみたいだった。
そばにいき、人差し指で眉間を撫でる。ふわふわの毛が気持ちいい。
肩を撫でる。背中を撫でる。おしりを、足を、形のいい頭を。
めーちゃんの毛は昔から、細くて柔らかくて羊毛みたいだった。雨に濡れると毛糸の匂いがする。
今日だってそのふわふわは健在だった。
痩せてしまった背中も、白っぽくなった眉毛も、前回会った日と変わらない。
いつもと違うのは、お腹に保冷剤が置かれていたことだ。めーちゃん、そんなものを抱えていたら、お腹がいたくなってしまうよ。
もう随分前に目は見えなくなってしまったけど、だから目が開いたって私を見つめてはくれないのだけど、目を開けてほしいと思ってしまう。
めーちゃんは、母がたまたま訪れたペットショップで見つけた。
当時もう生後7ヶ月と大きくなっていて、マンション型の部屋に入らなかったのか、ケージに入れられていたらしい。
アメリカンコッカースパニエルという犬種で、めーちゃんはその中でもダントツの美人さんだ。
かわいい、と近づくと、めーちゃんは前足で母の首に抱きついてホールドした。
私が塾から帰宅すると、母と父の寝室である和室に、わんこがいた。
母はかねてからの猫派だった。
だから犬を飼う日が来るなんて思いもしなさすぎて、私がめーちゃんを初めて見た時のセリフは「誰の(家から預かってる)犬……??」だ。
その日、めーちゃんは、家族になった。
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ペットショップで与えられたご飯が十分ではなかったようで、中型犬なのに体重が10キロにならないかもと言われるくらい小さかった。
小さくて、かわいくて、茶色のふわふわ。テディベアかと思うくらいに、まんまるの目と鼻のバランスがいい美人さん。
コッカーは遺伝的に耳と目が弱い。めーちゃんも例に漏れず、チェリーアイという病気になったあと白内障を患い失明した。
眼球が肥大しても、白く濁っても、美人は変わらない。
実家ではめーちゃんを撫でながら、母に最期を教えて貰った。目を赤くした母が、何度も鼻をすすりながら状況の説明をしてくれた。
私も泣きながら、ただそれを聞いていた。
その後、虹の橋の話を母とした。
母はペットが亡くなると『虹の橋』を渡っていく、だけだと思っていたらしい。
けれど、それには続きがある。
夫(当時彼氏)の愛猫ジュディが亡くなった時、夫のお母さんに聞いた。
『ペットが亡くなると虹の橋を渡って、天国の入口に着く。ペットたちはそこで、飼い主が来るのを待つ。そこは楽園で病気も痛みもなく楽しく過ごせる。飼い主が来たら再開して、一緒に天国に向かう』というものだ。
正直、私はあんまりこういう表現が得意ではない。ペットは虹の橋を渡って待っているとか、病気は耐えられる子に与えられた仕事だとか。
けれど今日ちゃんとわかった。そう思えることは希望だ。
私は死んだら必ずめーちゃんに会いたい。待っていてほしい。必ず、必ず。
私が苦手なメッセージは、悲しいときに誰かに押し付けられたら嫌だなと思っていただけだった。メッセージ自体は悪くないのだ。
自分がペットを亡くしたときに、関係ない人に『虹の橋を渡るんだって!』と言われたら嫌だなぁというだけの話だった。自分で思うのなら、なんの問題もない。
弟は仕事で今日も明日も実家に来られないことがわかり、めーちゃんの火葬は今日する事になった。母が13時半ごろ、目星を付けていた葬儀社に電話をする。
「14時半〜15時頃に伺います」という返事だった。
あと、1時間でもうこのふわふわに会えなくなってしまう。
悲しみの奪うパワーは大きい。何も準備できないまま時間だけが過ぎていく。ソワソワしてどうしようもなくて、途中で買い物をしに母と子供たちとコンビニに行った。
コンビニの帰り、母にねこじゃらしを結んでウサギを作るとかわいいんだよ、と教えた。
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母はものすごく喜んで、「めーちゃんの棺に入れてあげたい」と言った。私と母と一匹ずつ作った。
14時過ぎ、ピンポンが鳴る。インターホンに出てみると、葬儀社の方が早めに着いたということだった。
慌てて準備をする。
ダンボールにペットシーツを敷いて、ゆっくりとそこに寝かせる。
朝母がお花屋さんで購入し、キッチンのシンクで水につけてあった沢山のトルコキキョウ。
ハサミで茎を落とした山盛りのトルコキキョウを、めーちゃんの周りに飾っていく。
私はその時はじめて、悲しみのあまり自分の手が震えていることに気がついた。めーちゃんのお顔の周りに綺麗に飾りたいのに、手が震えて上手く飾れない。
頭でも充分に悲しいのに、体はもっと悲しそうだ。
最後に、母と私で作ったねこじゃらしのウサギを一匹ずつ入れる。うさちゃんたち、めーちゃんを頼んだよ。
淡い淡い、白に近いピンクと黄色の花に囲まれためーちゃんは、びっくりするほどかわいかった。
かわいいね、と言うと涙がこぼれる。でも言わずにはいられない。母と私と父とで、泣きながらかわいいねかわいいねと順番に言い合った。
父が棺(ダンボール)のフタを最後に閉める。もうこれで、この世界ではめーちゃんを見ることができないのだと絶望した。
葬儀社の方はとても丁寧だった。ダンボールを両手でしっかり抱えて、めーちゃんは運ばれていった。
しばらく、葬儀社の方を見送った玄関に3人で立ち尽くした。
お茶でも、とキッチンに向かうと、トルコキキョウが一輪落ちていた。拾って一輪挿しに生ける。
そのまま私と母は、余っていたねこじゃらしでウサギを一匹ずつ作って一輪挿しに挿した。
めーちゃんの棺にも入れたから、このうさちゃんたちに伝達役が頼めるね、と笑った。
2時間半後、小さな骨壷を持った葬儀社の方が帰ってきた。体格が小さくて骨が細いめーちゃんは、粉骨されてサラサラのパウダーになってしまった。
母は、『ママやパパやしろっぷ(もう1匹のコッカー)が死んだら、粉骨して混ぜて海に流してほしい』と呟いた。
悲しくて悲しくてたまらない。もう会えないことが辛くてたまらない。
虹の橋を渡っためーちゃんが、一人で寂しくなければいいな。いっぱい景色を見て走り回って、楽しんでくれたらいいな。
めーちゃん、18年ありがとう。
うちの家族になるまでの7ヶ月を、
誰にもとられずに待っていてくれてありがとう。
たくさんのかわいさをありがとう。
わんこの良さを教えてくれてありがとう。
昼寝の時の添い寝が嬉しかったよ。
甘えるのが下手で拗ねやすいところ、かわいかったよ。
あいしてるよ。あいたいよ。だいすきだよ。
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