夫がメキシコへ旅立った日
夫が日本を発った。
約一か月、友人のメキシコ人夫妻の家にお世話になるのだが、今年40歳を迎えるおじさんのホームステイ、またはずっこけウルルン滞在記となるのか。
出発の日は、今年に入って(いや、ここ数十年のうちの)記録的な大雪の日であった。
4歳の息子は大喜び、一面の銀世界に犬のようにはしゃぎまわった。
わたしも久しぶりの雪に大変テンションが上がり、無我夢中で巨大な雪だるまを作った。
しかしテンションの低い男が一人いた。
夫である。
南国のような暑さには強いのだが、寒さには対応しきれないのだと言う。
この世の終わりとばかりの、暗い表情で雪だるまを作る夫を、おもしろいので撮影した。
巨大雪だるまと、ひきつった顔のおっさんの図である。
早々に切り上げて、ストーブにはりつく夫を見て、この人は雪国には住めないんだろうなとぼんやり思う。
昼過ぎに、関空まで見送りに家族総出で、ラピートに乗り込んだ。
ラピートは電車の絵本でしか見たことがなかったので、実物を見て、息子は大いに喜んだ。
しかし、息子以上に舞い上がったのは、母親であるわたしであった。
なに、この銀河鉄道999のような宇宙を想像させるフォルム!窓が丸い!この丸さがなんかいいですけどっ!
電車に大して関心のないわたしでさえ、熱狂的にラピートに夢中になった次第である。
車内でやたらそわそわしながら、マイクを持つふりをして夫の口に近づけ、
「えーこの度はメキシコに行かれるとのことですが、意気込みは?!」と、地方局のレポーターみたいな真似をすると、
「お前が一番舞い上がってるやないか」と、冷静に返された。
完全に舞い上がった嫁と、楽し気な息子を残して、神妙な面持ちで日本を発った夫であった。
翌日無事にメキシコ人夫妻の家に着き、数日後には腹を下して寝込んだとの連絡があった。
おいおい、大丈夫なのかと思いつつも、また数日後にはフェイスブックにライブの動画が上がっていて、ゴッリゴリのメキシコ人たちの中に混じって、歌を歌い、踊ってる夫の姿を発見した。
日本のイオンモールで浮きまくってる男が、ここメキシコではとても馴染みまくっているとは、一体どういうことだろう。
きっとメキシコ人の誰もが「謙虚で控えめな日本人」であるとは、思いもしないだろう。
図太くて目立ちたがり屋な日本人もいるのだ。
約一か月、たくさんのものを吸収して、元気に日本に戻ってきてもらいたい。
2017.1.26『もそっと笑う女』より
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