人生ではっとする瞬間


誰かが、「人生の中で、おいしいものに出会って心動かされることが、たびたびあった」と言っていた。


自分はどうだろうか。
卵かけごはんなどの地味なものが好きなので、衝撃的な食への出会いというものは、まだ体験できないでいる。


しかし食ではないが、たびたび「あ」と、心動かされる瞬間が思い出すとあった。


それは、「日常の中の一瞬」「一場面」である。

どういう事かと言うと、ごく当たり前の日常生活で、「これ、映画のワンシーンか?」と思える瞬間にたびたび遭遇するのだ。


例えば、80過ぎた、よたよたのおじいちゃんが自転車をゆっくりこぎ、後ろにちょこんとおばあちゃんが乗っている、という場面。
学生が二人乗りするのはよく見かけるが、年老いた夫婦が二人乗りなど、あまり見かけない。
しかも、おばあちゃんが寄り添うように、ひっそりと身を丸くして乗っているので、なんともいえない愛おしさを感じる。
かたかたと音を立てて、ゆっくりと二人が乗った自転車は進む。
夕日が彼らをやさしく照らすのである。その光景にしばし見惚れてしまった。


ある時は、大阪の通天閣周辺を歩いていたとき、ジェンベ(アフリカの太鼓)を道端で鳴らしている青年がいた。見るからにミュージシャンという風貌。
その横で煙草を吸っている浮浪者風のおっちゃん。
たたき終えて去る青年に向かって、「兄ちゃん、うまいやんけ」と、おっちゃんは言う。
照れくさそうに青年は会釈する。
わたしは青年の後ろを歩く。
夕日が青年を照らし、後ろ姿のシルエットだけが強烈に目に焼き付く。
青年は立ち止まり、少し誰かを待っている様子。

少し経つと、青年の目の前に幼稚園バスが止まった。
中から元気よく「おとうちゃん!」と言って、小さな女の子が出てきた。
うれしそうに女の子は青年に抱きつき、二人は手をつなぎ、夕日の方向に歩いて行った。

その時のわたしの目は、完全にドキュメンタリーフィルムを撮っているカメラのレンズになっている。

自分の目にしっかりと焼き付いているので、何年経ってもそういう映像は記憶から消えないで、ずっと覚えている。脳内上映をたびたびするわけだ。


かと思えば、烏丸通を歩いていたら、上空からちくわが落ちてきたこともある。しかも一口サイズの。
たまたま空を見上げたら何かが落ちてくるので、「雪か?」と思ったら、ぽてんと足元に転がった、ちくわ。

烏丸御池の中心、見渡すところ、ビルしかない。
そんな場所で、空からちくわが。なぜ。

カラスが落としたにせよ、ちくわが空から降ってくること、人生であります?と、首をかしげるしかない。


またある時は、夏祭りで五人家族全員が立ち止まり、同じ方向を向いて、無言で冷やしキュウリをかじっている瞬間。
今日は節分ではないよね?と疑うくらいの真顔っぷりであった。


こんな瞬間を全部繋げていったら、どんな映画になるのだろうか。



2017.9.2『もそっと笑う女』より


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たみい
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