ただの主婦が、最強
たまに盆踊りの練習の後、家が近所なので先生を車で送らせてもらうことがある。その車中の先生との会話がなかなか興味深い。
先生と年は四十ほど離れているが、会話に困ることはほぼない。説教じみたことは一切言わないし、なんならいつもわたしを褒めてくれる。わたしは大変欲張りな人間なので心の中で「そういうのもっと言うてください」とひそかに思ったりする。ねちねちとした人でもないし、偉そうぶってるわけでもないし、じつにさっぱりとして豪快な人で、そんな先生の昔話を聞くのが楽しかったりする。
先生は娘の頃から踊りが好きで、祭りの盆踊りとなると、昔は夜通しあったそうである。徹夜踊りだ。真夜中に家に帰ると玄関は閉まっているので、「裏からそ〜〜っと静かに入ってな、壁よじ登って窓開けて下駄放り込んで入ってましてん。カッカッカッ」
先生が娘時代だから六十年位以上前の話だ。今ならクラブで遊んで朝帰りする若者といったところか。先生のキュートな不良娘っぷりが伺えるエピソードの一つだ。
またある時は、「漫才の前座したことありますねん」と先生。
漫才師が出てくるまでの間、場をあたためておくために、「ひとつ何かしてくれませんか?」と主催者に頼まれた先生は、二つ返事で引き受け、それが見事に場を盛り上げたので、来ていた関係者に「あなたは一体、何者ですか?」と聞かれ、
先生は「ただの主婦です」と答えたと言う。
今まで何かと地域の為に功績を残されている先生だが、だいたいいつも「わてなんて、ただの主婦ですねん、カッカッカッ」と豪快に笑い飛ばすだけだ。ただの主婦が、最強じゃないか。
仕事一本一つの道を極めている人というのは一流の生き方だと思うが、ふだん日常的に仕事をしながら、実はその道では知られた人というのも、また粋だと思う。
テレビで沖縄のとある商店街で八百屋のおばちゃんが、カチャーシーを踊り出したらとんでもなく上手かったのを見たことがある。まるで八百屋のおばちゃんが仮の姿ではないかと思わせるくらいだ。
しかしおばちゃんは踊った後、八百屋の仕事を楽しそうにして、日常に溶け込んでいく。とても健やかな生き方だと思った。