アフロ・イン・パリ①
「アフロが似合うね」
ノートルダム大聖堂の前でぼんやりとした顔で立っていると、友人がそう言った。一瞬その言葉を疑った。私の髪の毛は、巨大なアフロヘアだったからだ。
美容院でふわっとしたカーリーヘアをオーダーしたつもりが、日を増すごとに空気を含むと膨張し、巨大なアフロヘアへと変貌した。学生生活最後のパリ旅行。集合写真の中のわたしは、誰よりも頭がでかく、捕らわれたアフロ火星人の様だった。
そんなわたしに友人は、「パリが似合うね」と言ったのだ。このアフロでパリへ来てしまったことに激しく後悔してるというのに。
ふと目線を変えると、日本から来た、パンツが見えそうなくらいにスカートを上げた女子高生の集団が、決めポーズをとりながら、浮かれて記念撮影していた。わたしは眉間にシワを寄せて遠くから彼女らを凝視した。絶妙にパンツが見えそうで、見えない。
デパートが立ち並ぶ大通りを歩いていると、ルイヴィトンの前で、ハイブランドの紙袋を抱えた日本人らが列を作っていた。その様子はかなり浮き足立っている。見えてるわけではないが、財布の紐がぱかぱか開き切ってることがバイブスで伝わってくる。呑気にもほどがあるではないのか。いよいよ気分が悪くなってきた。
膨張し続けるアフロヘアを揺らしながら、目的なくパリの街を歩き続ける。道のど真ん中で、スタイリッシュな長身の黒人男性と、ブロンドヘアの白人女性が堂々と抱き合い、口づけを交わしている姿が目に飛び込んで来た。
映画の撮影か?と、辺りを見回したが、撮影クルーはどこにもいなかった。映画のワンシーンのような、これがパリの日常なのだ。ほう、とわたしはため息をついた。先ほどまでの気分の悪さが一瞬で吹き飛んでいく。
せっかくフランスへ来たからには、パンを食べなければ話にならない。一軒の小さなパン屋へ入り、サンドイッチを注文する。フランスでサンドイッチといえば、バゲットに具が挟まれているスタイルだ。ずいぶんボリューム満点、硬そうだなあと思いつつ、歩きながらそのサンドイッチを頬張ると、目からうろこが飛び出した。パンがうますぎる。今まで日本で食べていたパンは一体何だったんだろうかと途方に暮れるくらいに、パンがうますぎた。夢中でかじりつく。粉がやっぱり違うのだろうか。旅行に来てるから舌まで浮かれてきたのか。自分の舌に問いただすも、答えは返ってこない。
絵葉書のような古い街並みをパンをかじりながら散歩していると、あの浮かれた日本人たちと自分は一緒だと思いはじめる。そうなのだ、わたしも十分浮かれていた。
思い返すと関空からシャルルドゴール空港に降り立ち、荷物を探しても一向に流れてこない。聞くと空港で働く組合員たちがストを起こし、受け取りがストップし、二、三時間待たされた時から、わたしは浮かれていた。
日本で公共の場で組合員がストを起こすことは、まずありえないし、ストライキという言葉もあまり馴染みがない。言ってみればただのトラブルでさえも、異国の地へやってきたんだという実感が、わたしを浮足立たせていたのである。
つづく