悪魔の目的地 第十話

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《あれから胃は治ったか?この前はありがとな!悪かったな。もうちょっとしたらちゃんと返すからな。仕事頑張れよ!あんまりストレス抱えるなよ!》


ストレス…
そう思うなら、早く◯ねよ。

悪魔は携帯の電源を切り、引き出しへしまった。




その日、タケルは定休日だった。
つまり、新人は私一人。
忙しくないはずがなかった。
仕事以外の雑用だって全て片付けなければならない。
無心で手を動かし続けた。

『おい。』 

…でたよ。 

『はい。』
『なんで〇〇まだやってねーんだよ。』
『これ終わったらすぐやります。』
『は?』
『これが終わったらすぐやります!』
『なんだその態度は!』

そう言って、足を蹴られた。

『あの、私今日一人なんです。』
『だから何だよ。』
『そんなにいっぺんにできません。』

そこまで言うと頭をひっぱたかれた。

『何様だお前。言い訳してねーでさっさと手動かせよ!』

だったら話しかけてくんなよクソゴリラが。
と、喉元まで出かけた、その時だった。

『ねぇ。』


私と河本は同時に振り返った。
山田さんだった。
そう、あのギャル姉さんだ。

『はい。』

私は返事をした。

『アンタじゃなくて、そっち。』

『…はい。』

ゴリラのサイズが縮む。

『アンタ、そんなに偉いの?』
『…偉くないです。すみません。』

そう言ってゴリ本は逃げるように仕事へ戻っていった。
目が点とはこのことだ。
私はアホみたいな顔をしたまま山田さんを見ていた。

『何?』
『あ、いえ。すみません。』

山田さんも仕事に戻っていった。
私の心の中はそれはもう扇子を扇いで大宴会だった。

その日の全体的な業務はさほど忙しくなかったが、先程も言った通り、私は一人クタクタになっていた。
16時過ぎ、ようやく休憩に入れた。

ロッカールームへ行くと山田さんも休憩中だった。

『お疲れ様です。ご一緒してもいいですか?』
『どーぞー。』

相変わらず、真顔だ。
この人は一切愛想を振りまかないタイプの人間らしい。
そういう人だと割り切れば、苦手意識も薄れてきた。
なんとなく、兄に似ていた。
そして、昔の自分にも。

『あの…。』
『ん?』

私は小声になった。

『さっきはありがとうございました。』
『ん?あぁ。河本?』
『助かりました。』
『いつも?』
『え?』
『いつもああなの?』
『あー…そうですね。さっきのはまだマシです。』
『へー。』

私たちは弁当を食べた。

『あの、山田さん。』
『あ、名字禁止。私嫌いなの。名字で呼ばれんの。レイカ。』
『あ、じゃあ、レイカさん。レイカさんっておいくつですか?』

するとレイカさんは箸を止めじっと私を見た。

『アンタ度胸あんね。そんなこと誰も聞いてこないよ。』
『あ、すみません。ちょっと気になっちゃって。』
『29』
『えぇえっ!?!? あ…ごめんなさい。』
『ウケる。新人超失礼。笑』

レイカさんが笑った。
笑った顔は初めて見た。

『てっきり22とか23とか、そのくらいかと思っちゃって。』
『ウケる。もうすぐ30になる。』
『へぇ…そうなんですね…ビックリ…。あの、前はどこの支店だったんですか?』
『〇〇。今月頭に急にこっちに行けって言われたの。』
『あ、そうなんですね。異動ってそんな急なんだ…引っ越しとか大変そうですね…。』
『引っ越しはしてない。てかアンタさ、結構喋んのね。』
『あ…、すみません。』
『別にいーけど。』

そして黙って弁当を食べた。
沈黙があまり気まずくなかった。
レイカさん。
不思議な人だ。

レイカさんは食べ終わり、片付けながら言った。

『水野と仲良いんでしょ?』
『えっ?…とぉ…、、仲良いといいますか…、良くしていただいてるといいますか…』
『前会ったとき言ってた。〇〇支店に変な子居るって。』

変な子…
誰?

『私、水野と同期で4年目まで同じ支店にいたの。』
『あ、そうなんですね。へぇー…同期…意外…』
『は?』
『あ、いえ。』
『この前転勤決まった後同期飲みして、そん時言ってた。〇〇支店行くことになったっつったら、面白い子いるよ。って』

面白い子。
え。もしかして私のこと言ってる?

『可愛がってやってくれってさ。』
『可愛がる…ですか。』
『アイツ、いい奴っしょ。』
『…はい。』

レイカさんを見た。
レイカさんはニヤッとしてこちらを見た。

これは…どこまで知られているんだろうか…。

『まぁ、頑張れ。』
『え?あ、はい。』

え…何を?

レイカさんは出ていってしまった。
私は残りの弁当を食べながら、今の会話を頭の中で再生した。

それからレイカさんはちょこちょこと話しかけてくれるようになった。
もちろん、笑顔などは一切ない。
そして新人が手一杯の時、レイカさんは無言で新人の仕事まで手伝ってくれた。
レイカさんが新人の仕事を手伝おうものならば、レイカさんより下の後輩たちは慌ててそれを交代しに来た。
おかげで私とタケルの負担が3割ほど減った。
ギャル姉さん様様だった。

『ここの支店新人少ないんだから上の人間もっと動かしなよ。』

店長にまでそう言ってくれた。
言うまでもなく、私はギャル姉さんの虜になった。



📩
《おつかれ。終わったかな?》

《お疲れ様です。今帰ってきました。》

《おかえり。》

《ただいまです。あの、レイカさんと同期なんですね。》

《そうそう。つっけんどんなやつだけど、結構いい奴だよ。》

《もうめちゃくちゃかっこいいです!私、レイカさん大好きです。》

《そっか。今度言っとくよ。》

《言わなくていいです。あ、水野さん私のこと「変な子」ってレイカさんにいいましたよね😒》

《あ、ごめん(笑)レイカも口軽いな(笑)》

《どうもすみませんね。変なやつで😒》

《だからごめんって。笑》

返信を打っている途中で電話が来た。

『…もしもし。』(あみイチ低音voice)

『ハハッ。めっちゃ怒ってるじゃん。笑』

『そりゃ怒りますよ。いや別に本気で怒ってないけど。』

『ごめんって。笑 でも面白いなって思ったのは本当だよ。いい意味で。』

『芸人みたいってこと?』

『違うよ。笑 もう、機嫌直して。笑』

『別に気にしてませんけど。(大嘘)でもレイカさん、すごい助けてくれます。本当、ヒーローみたいなの。今日だって意地悪する人にビシーっと…』

『あみ意地悪されてるの?』

『あ、いや、そうじゃなくて。忙しくてピリピリしてたスタッフに、ビシッと言ってくれて。もう本当にカッコよくて。スッキリしちゃいました!』

『ハハッ。そっか。俺らが新人の時もやっぱりすごい忙しくて。レイカは仕事できる奴だったよ。』

『へぇ…。レイカさん、そういう人なんだ。私、レイカさんみたいな人になりたいです。』

『ギャル?』

『いや、そこはちょっと…』

『ハハッ。それも言っとく。』

『いや絶対だめです。』


こんなふうに他愛もない話を、私たちは毎晩のようにメールや電話で話した。
私にとって1日の癒しの時間だった。



ギャル姉さんに助けられながら、なんとなく職場の雰囲気もピリつきが2割ほど減少し、それでも尚やることはたくさんで。
私はそんな毎日をただひたすらに、こなし作業として乗り越えていった。

そして木曜日、水野さんがヘルプに来た。

『よぉレイカ。どう?慣れた?』
『おはよ。普通。一緒に働くの随分久々だね。』
『あぁ、そうだな。新鮮だ。笑』

二人の会話が気になって仕方がなかった。
無意識のうちに、私はずっと二人を見ていた。





続く。











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