悪魔の目的地 第二十八話

『あみの仕事には面白みがなくなった。』

この言葉が頭から離れなかった。
でも、考えてみればごもっともな意見だった。
今の私は仕事が全く楽しくない。
面白みなんて、あるわけがない。
毎日をこなすのが精一杯。
それを水野さんに言われたことが気に障ってたまらなかった。
ましてや、ラストの日に…。

その晩、うちの支店の皆で水野さんありがとうの会を行った。
皆思い思いに水野さんと談笑していた。
私は一番遠い席に座った。
今は、何も話したくない。

平岡さんが自然と私の隣に座った。

『どした?』

『いえ、別に。』

『最後の仕事、うまくいかなかった?』

『んー…わかりません。自分の中ではうまくやれてたつもりでした。「つもり」じゃ駄目なんですけどね。笑』

『そっか。あみちゃん、しんどい?』

『え?』

『最近。しんどそうだ。』

『んー…。どうだろ。よくわかりません。』

できれば、話したくなかった。
何を話しても弱音しかでないことは明らかだ。
しばらく静かにお酒を飲んでいた。
何となく、水野さんを見た。
するとたまたま、水野さんも私を見ていた。
気不味い。
思わず、目をそらす。
いつも缶ビール2本で酔っ払ってしまう私が、この日ジョッキを5,6杯あけた。
最近、程よいところでやめられない。
もう1杯飲んでいる途中で平岡さんに止められた。
飲み会が終わり、店を出る。
隣で平岡さんが妙に心配している。
私の足取りがフラフラとしているからだろう。
店の外に出て、水野さんを見て固まった。
視界がそこだけに狭まる。
水野さんの胸の中で、ミサトさんが泣いていた。
そのミサトさんの頭をポンポンと撫でていた。

へぇ。

今、そういう事するんだ…

私の目の前で。

私のメンタルヘチ折って、

他の女の人慰めるんだ…。

ごめんね。

ミサトさんみたいに、可愛く泣けなくて。

最後の日なのに、不貞腐れて。

結局最後は醜い嫉妬で終えるのか。

今の私は、何してたって嫌味な人間だ。

もう、しんどいな…

もう、消えたいな。


そんな事を思いながら、皆に挨拶もせずふらふらと歩き出す。
誰かが追いかけてきた。
水野さんであって欲しい。
振り返ると同時に、腕をつかまれた。

『危ないから、寮まで送るよ。』

なんだ…
平岡さんか…

『いえ。大丈夫です。』

『大丈夫じゃないから。』

『いいです。』

『良くないよ。フラフラしてるから。』

『…なんで?なんで平岡さんなの…?水野さんがいいのに…。』

酔っ払った私は随分と失礼なことを言った。

『…そっか。そうだよな。ごめん。』

平岡さんが掴んだ手を離す。

『平岡!あみ!二次会行くよ!』

レイカさんが呼んでいる。
見ると、二次会に行く人たちが集まっていた。
もちろん、水野さんもいた。

『どうする?行く?』

『いえ。私はいいです。帰ります。』

『なら俺も帰る。送ってく。俺じゃ嫌かもしれないけど、心配だから送らせて。』

平岡さんを見た。
本当に、ただ心配そうに私を見ていた。

『レイカさん!俺ら、いいっす!帰ります!水野さん!あみちゃん寮に送ってきますね!』

私は水野さんを見た。
水野さんも私を見ていた。
水野さんはレイカさんに何かを話し、こちらに向かって走ってきた。

『平岡、ありがとう。俺が送るからいいよ。』

『え。でも二次会いいんすか?主役が行かなきゃしょうがないっすよ?』

『あみを送ったら行くよ。平岡も行っておいでよ。』

『俺は…いいっす。じゃあ、帰ります。水野さん、今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。』

『こちらこそ。ありがとう。また飲もうな。』

『はい。あみちゃんも、お疲れ。』

『…お疲れ様です。』

平岡さんは駅の方へ帰って行った。

二次会組はいつの間にか姿を消していた。
次の店に移動したのだろう。
私と水野さんだけがその場に残った。

『飲みすぎちゃった?』

『んー。ちょっと。すみません。』

『いや。俺のせいだよな。悪かった。』

『いえ。』

『二次会、行かない?その後うちに来ればいいじゃん。』

『んー…今日はいいかな。』

『そっか。』

寮に向かって歩き出す。

『あみだから言った。嫌だったかもしれないけど、あみだから本当のことを言った。』

『わかってます。不貞腐れてごめんなさい。面白みがないって、本当のこと言われてイラッとしちゃいました。』

『最近、何があった?』

『…わからない。毎日、いっぱいいっぱい。いつからだろう。余裕無い。』

『悩みがあるなら話してごらん?』

『何に悩んでるのかわからない。ただただ毎日しんどい。辛い。苦しい。逃げたい。』

シラフじゃ言えない。
私の本音。
アルコールで思考回路が迷走し、鍵をかけた扉を端から開け始める。
途端にネガティブな言葉が溢れ出す。
これ以上開けちゃだめ。
だめってわかってるのに…

『楽しくない。うまくやれない。役に立たない。今何をしてるのかわからない。居なくなりたい。いらない。もう、辞めたい。』

止まらない。
この半年間隠し続けた感情をまるで箇条書きにして貼り出しているかのようだった。
水野さんは黙ってそれを聞いていた。

『もっと前に話してくれたらよかったのに。力になれたかもしれない。』

『でも、水野さんのとこに行く約束があるから。だから何とか踏ん張れてる。今は辞めたいけど、その約束は辞めたくないから。私の目標だから。だから何とか毎日やっていけてる。』

『無理してるんだ。』

『うん。無理してる。無理して頑張ってる。だって、そうしないと私たち終わっちゃうでしょ?』

『そんなことないよ。あみがたとえこの仕事から離れても、向こうに一緒に行きたい気持ちは変わらないよ。』

『でもそれじゃ意味がない。行ったところで何もできない。何の役にも立てない。そっちのほうが苦しい。』

『あみ、勘違いしてないか?役に立ってほしいから一緒に連れていくわけじゃないよ。恋人として側にいたいから、離れたくないから来て欲しいって言ってるんだ。この仕事をしてるならそりゃ手伝ってくれたら心強いって思ってるけど、この仕事してなくたって側にいてほしいのは変わらないよ?』

『でも…それじゃだめなの。私は水野さんのお荷物になりたくないの。それだけは絶対に嫌なの。』

『だから…』

『水野さんの気持ちはそうかもしれないけど、私には私の思いがある。だから今は無理をしてでも堪えなきゃいけない時なの。分かってる。そう分かってるのに気持ちが追いつかない。』

しばらく沈黙が続く。

『あみ、一旦俺のことは忘れろ。俺が九州に戻ることも、1年後あみを呼びたいって言ったことも。全部忘れろ。』

『何言ってるの?そんなことできるわけないじゃん。それにその約束がないならもう私は頑張れないよ。』

『今は自分のことだけ考えろよ。集中して目の前の事をしっかり見ろよ。自分がステップアップしていくのを楽しんでいた頃思い出せよ。俺、あの時のあみの仕事見てるのすごい好きだった。レイカに必死に喰らいついて、ヘルプに来る度に成長してて、楽しそうだった。他のやつとは目が違った。』

『でも、周りは見えてなかった。誰のことも気にしてなかった。後輩がいっぱいいっぱいになってることにも私だけが気が付かなかった。そして辞めていった。自分のことしか考えてなかったから。』

『あぁ…なるほど。それでなのか。で、あみが気にして良くなったの?』

『…。』

『あみが気負いして、自分の仕事疎かにして、後輩に気使って、それで後輩たちの状況は良くなったの?』

『…なるわけ無いじゃん。口出して、嫌がられて、避けられて。みんな私に近寄りもしなくなった。』

『それでもまだそれ続けるの?』

『だって…』

『口出すより、自分の背中見せろよ。』

『そんなの…誰が見る?私のことなんか見るわけない。水野さんやレイカさんとは違うの。』

『見てたよ。ずっと。谷田部も。白崎も。ずっとあみを見てた。』

…。

水野さんを見る。

谷田部が?白崎が?
ウソだ。
そんなの、全く気が付かなかった。

『ずっとあみを見て学んでたよ。俺はそれ見てすごいいい関係性だと思ってたけど。』

『でも、白崎は辞めちゃった。』

『辞めるやつは何しても辞めるし、何もしなくても辞める。辞めたやつのこと引きずって何になる?』

『そうだけど…』

『そんなこと引きずって今の自分を犠牲にしてどうするの?』

何も、返す言葉はなかった。

『あみが見るべきものはそこじゃないだろ。気にするとこはそこじゃない。いいんだよ。前を見て突っ走れば。下は勝手に育つ。現にあみがそうだろ?突っ走ってるレイカみてどれだけ成長してる?それでいいんだよ。』

私たちはとっくに寮の入り口に着いていた。
水野さんの言葉で、ガチガチに固まったネガティブな鎧が少しずつ剥がされていく感覚があった。
この半年間、私の思考はずっと迷子だった。
道標を失って、ずっと同じ場所を行ったり来たり彷徨っていた。
今、目の前に細い光が差し始めている。

突っ走る。

そう。私はそれしかできない。
考えて考えて行動するタイプではない。
とにかく手を動かしてたくさん失敗もして人一倍やってようやく成長できるタイプだ。
そこに軌道修正すればいいだけなんだ。
なぜそんな単純なことがわからなくなっていたのか。

『あみ。年明け一度うちの支店にヘルプにおいで。店長には俺から話しておく。こっちからも3年目の子そっちにヘルプに出すから。』

水野さんの支店でヘルプ…
途端に緊張が走る。

『今はあまりヘルプのトレードも少なくなったけど、俺らが下っ端の時は定期的にやってたんだ。すごく勉強になるから。あみだけじゃなくて、タケルも来るといい。上で話つけておくから。』

『…はい。』

『うん。じゃあ…そろそろ。俺行くな。』

『あ、はい。』

今更、二次会に行かないと言ったことを後悔する。

『水野さん、三年間本当にありがとうございました。一緒に働けて、すごく刺激もらいました。楽しかったです。うん…すごく、楽しかった…。』

涙が出る。

『俺も。ヘルプに出てあみと出会えて良かった。こちらこそありがとうな。俺も楽しかったよ。』

『最後なのに…ごめんなさい。うまくできなくて…ごめんなさい。…悔しい…。』

『大丈夫。厳しく言ったけど、あみはちゃんとやれてるよ。あみ、頑張れ。俺も頑張るから。』

『…はい。』

『また連絡するな。家にもいつでもおいで。』

『うん。ありがとう。』

『じゃ、おつかれさん。』

『お疲れ様でした。ありがとうございました。』

私は寮の部屋に入った。
水野さんラストのヘルプの日は、これで幕を閉じた。
と同時に、私の中で何かが幕を開けた。
酔ってはいたものの、頭の中がクリアになっていく感覚があった。

まだ、辞めたくない。

まだまだ突っ走れる気がする。

ちょっと迷子になっていただけだ。

でももう迷うことはない。

道は一本しかない。

その道をひたすら走ればいいだけだ。

やれる。

私なら、まだやれる。




それ以降、私は以前の私に戻った。
良いことなのか悪いことなのか分からないが、後輩への過剰な目配りをやめ、口も出さなくなった。
やりたい奴はやればいい。
やりたくない奴はやらなければいい。
置いていかれるだけだ。
冷酷な私は、そのまま自分の道を突っ走った。

年が明け、とある木曜日。
私が水野さんの支店にヘルプに出る日がやってきた。
朝、身支度を終え駅に向かう。
緊張しながら電車に乗った。
どんな一日になるのか、緊張とワクワクした気持ちでそこに着く。
興奮を抑え、その扉を開けた。


『おはようございます!』


私にとって、忘れられない一日が始まる。






続く。

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