悪魔の目的地 第二十五話

私が3年目の春、ほとんどの新入社員が専門卒となった。
どうやら会社の方針で今後は高卒を取らなくするらしい。
そして、この年入社した専門卒の新人たちは、私たち高卒三年目より給料が随分良かったそうだ。
つまり、職場でまだ何もできない新人のほうが、仕事を教える私たちより給料をもらっている。ということになる。
これに不服を唱えた高卒の同期たちは本社に押しかけたが、社長から門前払いを食らい、その多くが文句を吐き捨てながら辞めていった。
気がつけば高卒同期の半分以上辞めていた。

当時、私は不服が無かったのかと聞かれればそれはNOだ。
無いわけが無い。
これだけの長時間労働で、残業代は1円もでない。
そして体調不良などで1日でも休めばその月の給料は何万も引かれた。
(典型的なブラック企業だ)
でも、仕方のないことだと思っていた。
なんせ、私にはまだ資格がない。
学校に通いながら働く。
他のスタッフから見れば半分学生のようなものだ。
文句言ってる暇があったらさっさと仕事を覚え、学校も卒業し、何より資格を取りたかった。
私にはやらなければならないことがまだまだ山積みだった。
そしてこの1年が勝負の年だった。
だから、私は黙ってこの会社に残った。
他に行く場所なんて無かった。
(思惑通り、搾取されていた)

今年ここに配属された新人は4人。
専門卒で、皆二十歳。
つまり、私とタメだ。
そのうちの2人の名が「長谷川」と「川本」だった。
なんせ、紛らわしい。
先輩と名前が被る子たちは下の名で呼ばれた。
長谷川は「シンタロウ」、
川本は「マサキ」、
あとは野口と白崎。

新人の教育は二年目の須藤と谷田部がメインで行う。

『谷田部、白崎のこと頼んだよ。女の子一人だし、初めは心細いと思うから、相談乗ってあげてね。』

『わかりました。』

白崎は大人しい子だった。
どう見ても打たれ弱そうだ。
ゴリ本が居なくなったあとで本当に良かった。
他の男3人は…多分大丈夫だろう。

そして今年も無駄に突っかかってくるトンガリ坊やがいた。
シンタロウだ。

『〇〇さん高卒っしょ?俺らとためじゃん。』

どうやら専門学校では何年経っても礼儀は学ばないらしい。

『悪いけど、それでも私は3年目の先輩。ちゃんと敬語は使ってね。友達じゃないから。』

『同じ年に高校卒業したんだから、下手したら友達じゃないっすか。』

コイツは須藤2号か…


『ふざけんな。目上の人をちゃんと敬え。』


驚いて後ろを見た。
須藤だった。
新人よりも私の方がポカンとしていた。

『…すみません。』

シンタロウは散っていった。

『なんかどっかで聞いたセリフだな。笑』

『すみません。ちゃんと言って聞かせます。』

『須藤、変わったね。笑』

『後輩できて初めてわかりました。生意気言われるとすげームカつく。ホント、ずっとすみませんでした。』

『ハハハハッ、まさか須藤からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかったな。庇ってくれてありがとね。教育頑張って。勉強会も。なんかあったら私もタケルも協力するから言ってね。』

『はい。』


いい兆しだった。

思い返してみれば、私もタメ語こそ使わなかったが随分と生意気な新人だった。
ゴリ本なんかには途中から怒られても頭も下げなかった。
理不尽に殴られ続け、思わずひっぱたき返した。
あの頃が懐かしい。
それに比べればこの子たちのタメ語なんて可愛いもんだった。


この年から在庫管理の係りを黒田さんから須藤に引き継ぎ、私と須藤の二人で行うようになった。

ある棚卸しの日、ひたすら在庫数をチェックしていると須藤がとある在庫を一つ手にとってじっと見つめていた。

『どうした?数、合わない?』

『あ、いや、違います。この前レイカさん、〇〇やる前にこれ使ったんすよ。他の先輩こんなの使わないのに、あれなんだったのかなーって思って。』

『で、聞いてみた?』

『いや…俺レイカさん苦手で、あんま話しかけれないんすよね。』

『得意も苦手も関係ないでしょ。わからないことがあったらその時に聞かないと。この在庫ね、本当は発注やめるはずだったんだけど、レイカさんがよく使うから取り続けてるの。』

そして、レイカさんがなぜこれを使うのかを須藤に説明をした。
それは私がこの1年半、レイカさんの下について学んだ知識だった。

『ね。現場じゃなきゃ分からないことって山程あるんだよ。先輩たちは自分の経験からどんどん自分なりのやり方を見出してる。私たちはそれを理解してすぐサポートできる準備をしなくちゃいけない。だから、同じ事を「わからない」ままにしちゃだめ。先輩たちそれぞれの癖を覚えてね。言われる前に自ら動けるようになるのがベストだからね。』

『そうっすよね…。〇〇さんの定休日、みんなレイカさんの下につくとこっぴどく怒られてて。俺それ見てやだなーって思ってちょっと逃げてるんですよね。』

『レイカさんキツイけど、ちゃんと話し聞いてごらん。すごく勉強になるよ。』

『…わかりました。』

すごく嫌そうな顔をしていた。

『ハハハッ、私も毎日怒られてるよ。笑 まぁ頑張ろうよ。』

『はい。』



こんなふうに須藤と話ができるようになって私は嬉しかった。
みんなが一歩ずつ、ゆっくりだけど着実に、ステップアップしていた。
切磋琢磨できる仲間たちだった。


4月のバタバタした空気が落ち着いた頃。
この頃から定期的にレイカさんと平岡さんと飲みに行くようになった。
元は二人で飲み始めていたが、そこにレイカさんが私を誘ってくれた。
月に2,3度。多い時は週イチでこのメンツで飲みに行った。
気付けばこの三人で過ごす時間がとても居心地が良くなっていた。
水野さんがヘルプに来る日は、この飲み会に水野さんも参加するようになった。

『え?!二人付き合ってるんですか?』

『うん。』

平岡さんはオーバーに驚いていた。
私たちは敢えて自らは言わないものの、その交際を隠すことはもうしなかった。

『なんか…すごい意外な組み合わせですね。』

『ハハッ、そうか?俺は割と合ってると思うけどな。』

水野さんが冗談めいて言う。

『この二人たまに中学生みたいな恋愛しててめんどくせーの。』

レイカさんが酔いに任せて言いたい放題言っていた。

『そんな言い方しないでくださいよ。』

『だってそーじゃん。あみすぐヤキモチやくし。』

『ちょっと!』

『ハハッ、なんか楽しそうでいいっすねー。』

『平岡は?彼女いないの?』

『あー、俺失恋したばっかっす。こっち異動になる前。』

その話にレイカさんが食いついた。
平岡さんは3年ほど交際していた彼女と別れたばかりらしい。
そして吹っ切れることができず、よりを戻したくて頑張っているのだと言う。

『俺結構頑張ってたんだけどな〜。』

『アンタならすぐ他に女出来そうだけどね。』

『レイカさん、違うんすよ。誰でもいいわけじゃないんすよ。笑』

『わかんないねー。なんで別れた女をわざわざ追いかけるのか。さっさと次行けばいいのに。』

レイカ節が止まらない。
水野さんは楽しそうに笑って聞いていた。

この三人のリラックスした光景を見るのがたまらなく好きだった。
今当たり前の様に広がるこの空間は、来年にはなくなってしまう。
大好きなみんなが、バラバラになってしまう。
考えただけで秒で涙が出てくるから、私は今この楽しい空間だけを見るようにしていた。

もっとゆっくり時間が進んでほしいと願った。





続く。


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