悪魔の目的地 第十二話

3時間程、電車に揺られた。
電車を降り、改札を通り、駅を出た。
たった半年程しか経っていないのに、随分と懐かしく思った。
バスの時刻表を見る。
この時間、1時間に一本しかバスは出ていなかった。次のバスは30分ほど先だった。
以前はそれが普通だったのに、この半年で都会に染まりかけた私は随分戸惑った。
駅前のファストフード店で時間を潰した。
高校生の頃よく来た店だ。
その後、バスに乗った。
バスから降りると、目の前には海が広がっていた。
しばらく眺めていた。
そして、歩き出す。
5分ほどで着いた。
この家に来るのは何年ぶりだろうか…。
インターフォンを押した。
『はーい。』
玄関の扉が開いた。

『あれまっ!なにさ〜?!どうしたの?!ちょっと、〇〇!〇〇!!あみ!あみが帰ってきたよ!!』

『えー?!』

奥から母の驚く声がした。

『おばあちゃん、お久しぶりです。驚かしちゃってごめんね。』

母がバタバタと玄関へ来た。

『えっ!?あみ!なんでよー!どうしたの?いつ来たの?』

『うん。今。』

『ほれ!立ち話もアレだから入りなさい。』

おばあちゃんはそう言いながら、私の手荷物を無言で見ていた。


『…お邪魔します。』

『なにさぁ。「ただいま」でしょうが。』

『そうだね。ただいま。』


母は私が高校を卒業後、実家に戻ってきていた。
ここが、その実家だ。
祖父は数年前に癌で亡くなった。
祖母も今、癌を患って、入退院を繰り返している。
母は祖母と一緒に暮らし、病院の送り迎えや身の回りのことを手伝っていた。
あの「山の家」にはもう誰も住んでいない。

祖母がお茶を出してくれた。

『どうしたよ、急に。連絡くらいすれば駅まで行ったのに。バス代だって高いのに。』

『うん、でも懐かしかったよ。』

『で、何があった?辞めてきたの?』

『…ごめん。何も聞かないでほしい。』

母と祖母は顔を見合わせた。

『…寝たい。』

『うん、じゃあ二階の奥の部屋に布団敷こうねぇ。』

祖母はそう言うと2階へ上がっていった。

『あみ、痩せたね。ご飯は?ちゃんと食べてるの?』

『うん。でも忙しいからね。仕方ないよ。』

『そう…。』

多分、いろいろ聞きたかったと思う。でも、母は堪えてくれた。
祖母が敷いてくれた布団で、私は眠った。

おばあちゃんちの匂いだ…
遠い、夏休みの匂い。
懐かしいな…

そんなことを思っているうちに深い眠りについた。

目が覚めて、驚いた。
外が夕日に染まっていた。
私は何時間寝ていたんだろうか。
何やらいい匂いがする。
胃袋が刺激される。
もう夕飯の時間なのか。
私は一階へ降りた。

『あらあみ。おはよう。随分と寝るのねぇ。笑』

『あ、うん。ごめん。寝すぎた。めっちゃいい匂いする。』

『そうよ〜。たくさん食べて力つけなさい!少し早いけど、ご飯にする?』

『うん。』

『向こうに座ってていいよ。』

『ありがとう。』

そう言って居間へ行った。
仏壇のお爺ちゃんの写真を見る。
お爺ちゃんの最期はどんなだったんだろうか…。

『はいはい、座って〜。』

母と祖母が料理を運んできた。

『わっ!なにこれ!すごい!』

机には尾頭付きの刺身の盛り合わせが置かれた。
他にもサラダや煮物、味噌汁、おばあちゃんの漬物、ところ狭しと並んだ。

『いやいや、女三人でこんなに食べ切れないでしょ。笑』

『いいのいいの!今日は特別!』

すると祖母がご飯を運んできてくれた。

『ほれ。あみの好きな山菜ご飯!』

『え!やった!嬉しい!でもこの量、どうすんの。笑』

『いいからいいから、さっ、たべましょう!』
『いただきます。』
『いただきます。』

その日のごはんはどれも本当に美味しかった。
お刺身、高かったんだろうな。
お祝いでもないのに。そんなに頑張らなくていいのに。
泣きそうになりながら食事を楽しんだ。
中でも、山菜ご飯はダントツで美味しかった。

言うまでもなく、大量に残った。

『明日の朝ごはんにすればいいさ。』

『…ごめん、私、帰るよ。』

『えっ?!今から?泊まらんの?』

『うん、ごめん。もうそろそろ出るわ。』

『なにさぁ〜。泊まっていけばいいのにぃ。』

『ううん、今日も黙ってサボってきちゃったし。同期にこれ以上迷惑かけれない。』

母は随分と残念がった。
でも、祖母は違った。
すっと立ち上がり、そのまま台所へ向かった。
そして、すぐに紙袋を持って戻って来た。

『ほれ。これ持っていきな。山菜ご飯、ぜーんぶ詰めたから。』

『え!いいの?ありがとう。嬉しい。』

『食べきれない分は冷凍しなさいね。あみ、しっかり頑張ってきなさい。今度はちゃんと、ゆっくり帰ってきなさいね。』

『…うん。ありがとう。…頑張ってくる。』

泣くのを堪えた。

『駅まで送るよ。』

『ありがとう。』

祖母とはそこでお別れをし、母に駅まで送ってもらった。19時前頃だった。

『じゃあ…気を付けるんだよ。着いたら連絡ちょうだいね。あんまり無理するんじゃないよ。身体に気をつけて。ちゃんと寝て、ご飯、しっかり食べるんだよ。それから…』

『お母さん、長い。笑 わかったから。急にごめんね。ありがとね。』

『うん…じゃあ、行っておいで。』

母の目が潤んでいた。

『はい。行ってきます。』

私は振り返らず、改札を通ってホームへ向かった。


22時過ぎ、駅に着いた。
その足で職場へ向かった。
今日は土曜日。多分、まだみんな残っていると思う。
角を曲がり、職場が見えた。
やはり電気は煌々とついていた。
意を決して、扉を開いた。
皆、業務が終わり、片付けをしている時間だった。

『あ!あみ…』

タケルが言った。
一斉に皆がこちらを向いた。

私は土下座をした。

『今日は本当に申し訳ありませんでした!』

店長が真っ先に来た。

『そんなことしなくていいから。さ、立って。』

私は顔が上げられなかった。

『ほら。もういいから。誰も怒っていないよ。』

腕を抱えられ、立ち上がった。

『無事ならよかった。連絡もつかないから心配したんだぞ。』

『本当にすみませんでした。』

店長が小声になる。

『タケルから聞いた。ごめんな。気づいてやれなくて。』

『…いえ。』

『今日はもう帰っていいよ。今日は欠勤にしてないから、安心しろ。』

『いえ。そういうわけにはいきません。ちゃんと欠勤にして下さい。』

『いや、いいから。とにかく、今日はもう帰れ。』

私は皆を見渡した。
皆こちらを見ていたが、黒田さんは顔を背けていた。

『本当に、すみませんでした!』

そう言って頭を下げ、職場を後にした。



寮に帰り、しばらくすると店長から電話があった。

改めて、「今まで気がついてやれなくてごめん。」といった謝罪と、黒田さんの今後のことだった。
黒田さんのことは、辞めさせることも異動させることもできないと言われた。
あみが希望を出すなら他の支店の新人とトレードすると言われた。でも私は、希望は出さなかった。

『食らいつきます。』

そう伝えた。


そして翌日、いつも通り出勤した。
心を入れ替えたとか、そんな綺麗なものではなかった。
私は隠していた悪魔を剥き出しにして、職場へ出向いたのだった。





続く。

いいなと思ったら応援しよう!