悪魔の目的地 第四十三話

✉️
《今から行っていい?》

《ごめん。今日は一人にして。》

《わかった。あみ、大丈夫か?ちょっと怒りすぎだったぞ。》

そんなこと…言われなくても、、

《わかってる。明日ちゃんと謝るから。》

送信ボタンを押して、電源を切った。
私は本当に人付き合いが苦手だ。
この年になっても尚、感情のコントロールも出来やしない。
誠にクズの極みだ。

石川さんなんか、来なければよかったのに…


今思い返してみれば、このくらいの時期から酷く苛立つことが増えていた。
自分でも、何でこんなことに腹を立ててしまうんだろう…と考え込むことも多かった。
ホルモンバランスが関係していたなんて、その時は知る由もなく。
それから間もなくのことだった。
また不正出血が始まる。
私は今回も病院へは行かなかった。
痛みを伴わない出血を、完全に甘く見ていた。
後に随分と後悔することになる。


翌朝

『石川さん。昨日はすみませんでした。頭にきて無礼なこと言い過ぎました。』

『別にいいけど。思ってないでしょ。すみませんとか。』

『はい。でも建前上、謝っておきます。』

『それなら受け取りません。』

『そうですか。』

私はロッカールームを出た。
別に許してもらおうなんて微塵も思っていない。
謝れと言われたから、謝った。
それまでだ。
今だって納得いってないし、気に入らない。
それ以降も、石川さんとの関係は拗れに拗れ、私はそれを隠そうともしなかった。


休憩中、黒田さんがロッカールームへ入ってきた。
げっ…
そう思ったが、黙って食事を続けた。
黒田さんも休憩を取るらしい。
初めてのことだった。
色々あって以降、お互いの休憩時間は避けていた。
私は食事を急いだ。

『あみ…大丈夫?』

『…何がですか?』

『んーっと、最近。いろいろと。なんか怖い。』

…は?
怖い?
どの口が言ってんだよ。
散々怖い目に合わされた黒田さんにだけは何も言われたくない。

私は返事をしなかった。

『なんかあったら相談にのるよ?あの…俺じゃ嫌かもしれないけど。』

『…相談できると思います?』

目を合わせずに言った。

『ごめん。わかってる…。でも、』

私は立ち上がり、食べ途中の弁当をゴミ箱へ捨てた。
口を濯ぎ、フロアへ戻った。

もう、誰とも話したくない。

淡々と仕事をした。
その日も、次の日も、そのまた次の日も。


体調が悪い。
今日もまた出血してる…
気が付けば、季節は冬になっていた。

その頃、本社で技術者向けの講習会が行われた。
自分の定休日を使って参加しなければいけない。
私はタケルと同じ日に合わせ、本社へ向かった。
午前の講習会が終わり、休憩時間となった。

『あみちゃーん!』

聞き覚えのある声で呼ばれた。

『広瀬チーフ!お久しぶりです。お元気ですか?』

『もちろん!会いたかったよー!』

相変わらずテンションが高い。
ハグをされた。

『ねぇ、水野元気?』

『あっ…、えっと、実は別れたんです。もう結構前なんですけどね。』

『え?!嘘!そうなの?!ざんねーん。私二人好きだったのにぃ…』

『なんか、すみません。笑』

『でもあみちゃん頑張ってるんだね!』

『はい。頑張って…るのかな。本当は広瀬チーフみたいになりたいのに、全然。本当に、全然うまくいかないことばかりで。』

『やだー!嬉しい!大丈夫大丈夫!あみちゃんなら大丈夫よ!』

相変わらず、ポジティブだ。
その後もたくさん話をした。

話を終え、トイレに行った。
するとレイカさんが出てきた。

『あっ!レイカさん!お久しぶりです。今日だったんですね。会えて嬉しい!』

『あみ、久しぶり!デビューおめでとう。どうよ?』

『んー…って感じです。笑』

『なんだそれ。笑 一番弟子、私の顔に泥ぬんなよ。笑』

『はい。笑』

『あ、そうだ。私、来年結婚すんの。』

『え。えっ、えーっ?!結婚!?誰とですか?!』

『誰って、あみ知らない人だよ。消防士。いい男だよ〜♡笑 まだ先だけど、式6月にやろうって話してる。招待状出すから。』

『え!招待してくれるんですか?嬉しい!レイカさん、おめでとうございます!楽しみにしてますね!』

『また連絡するから。』

『はーい!』

嬉しい!!
レイカさんが結婚!
私まで幸せな気持ちになった。

職場を離れ、久しぶりに大好きな人たちと再会し、私の心のギスギスがリセットされたような気がした。

レイカさんや広瀬チーフに恥じないように、私もしっかりしなきゃ。
なりたいのは今の自分じゃない。
もう一度、しっかり目標を立て直そう。
このタイミングで講習会があって本当に良かった。
腐りきってしまうところだった。


✉️
《お疲れ様です。講習会終わったよ。仕事終わった?》

《お疲れ。もうすぐ終わるよ。》

《今日平岡さんち行ってもいい?》

《あ、俺があみの家行くよ。》

また、うちか…。

《了解。家に着いたらメールするね。》

もう何ヶ月も平岡さんの部屋に行っていない。
別にいいんだけど…
正直に言えば、きつかった。
この頃になると平岡さんは毎晩のように私の家に来ていた。
『ご飯は家で食べたい。』
これがなかなかしんどかった。
お互いに同じだけ仕事してるのに、食事の用意と片付けまで毎日しなくちゃいけないのはだんだんと負担になった。
それに、食費や光熱費も2人分になり随分と膨れ上がった。
平岡さんはそのことに気がついているのだろうか…。

そんな不満を心の奥底に隠しながら、帰り道スーパーへ寄り、買い物を済ませ、急いで家に帰った。
急速モードで米を炊き、味噌汁を作り、お肉と野菜を炒める。

『ただいまー。』

『あ、おかえり。』

『めっちゃいい匂い。腹減ったー。』

『ごめんね。急いで作るね。』

『大丈夫、ゆっくりでいいよ。先風呂入ってもいい?』

『あ、ごめん。まだ沸かしてないや。ボタン押して?』

『はーい。』

そう言って彼は風呂場へ向かった。
私は聞こえないように小さくため息をついた。

『そういえば、正月休みどうする?』

食事をしながら聞かれた。

『あ、私実家に帰るよ。』

『えっ、そうなの?』

『えっ、平岡さん帰らないの?』

『帰らないよ。帰るの?やっと休日合うのに。』

『あ、ごめんね。そうだよね…。でもうち、お母さん一人だからさ。正月は毎年帰りたいかな。』

『そっかぁ…。あ、ならさ、俺も行っていい?』

『えっ…』

『え、だめ?』

『だめっていうか…お母さんびっくりしちゃうと思う。笑』

少しだけ、沈黙があった。

『水野さんはあみの実家に行った?』

『え…。ないよ。来てない。』

もう…
まただ。

『ほんとに?』

『本当に。ねぇ。もうやめよ?水野さんの名前出すの。もういいでしょ。』

苛立ちを抑え、なるべく穏やかに言った。

『…ごめん。』

お茶を飲み、むしゃくしゃするのを流し込んだ。

『わかった。お母さんに聞いておくね。流石に何も言わずに連れて行くのはあれだから。』

『うん。わかった。』

私達は食事を進めた。


なんだろう、この感じ。
胸に何かがつかえるような、この気持ち。
何かに似てる気がする…


後日、母に伝えた。
『正月、お付き合いしてる人を連れて帰ろうと思う。いい?』
『まぁ!わかったよ。楽しみに待ってるね。』
母のテンションは高かった。
もしかしたら、結婚の挨拶と勘違いしてるのかもしれない。
なんとも言えない気持ちになった。


年末、同じブロック内での同期の飲み会があった。
二次会、三次会と、皆で随分盛り上がった。
終電もなくなり、平岡さんの家に泊まりに行った。
本当に久しぶりに彼の部屋に入った。

『随分と呑んできたね。笑』

『ごめーん。笑 明日起こして?』

『わかってるよ。笑』

シャワーを済ませ、洗面所で歯磨きをしていた。
彼が後ろから抱きつく。
首筋にキスをし、後ろから胸を揉まれた。

『ねぇ。しよ?』

『…ごめん、今日、無理なの。』

私は口を濯いだ。

『え、また?』

『うん。』

『この前生理終わったばっかじゃん。』

『そうなんだけど、また出血してて。ごめんね。』

『ふーん。それって大丈夫なの?』

『大丈夫。慣れっこだから。昔からたまになるの。』

『ふーん。』

あきらかに、拗ねてる。

『じゃあ、口でして?』

『…うん。』

嫌だとは言えない。
酔いが覚めていく。 

『髪乾かすから、先寝てて。』

『うん。』

私は敢えて時間をかけて髪を乾かした。
つけたはずの化粧水をもう一度つける。
モタモタと、スキンケアをした。

寝ててくれるといいな…
そう思い、部屋に戻る。
彼はベットの中で私を待っていた。

『遅いよー。』

『ごめんごめん。笑』


疲れてるし、もう寝たいのにな…
そう思いながらも、彼が待つその布団の中に私も入ろうとした。






…ん?







続く。

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