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雨になれない
全然暇じゃない。
全くもって暇じゃない。
けれど、なんとなく、眺めていた。
リモートワークにすっかり慣れた頃、会社がワーケーションも容認していることに気づいた。「ワーケーション」という響きに惹かれ、ある地方の山裾にある別荘を借りてプチ移住をすることにした。
向いていなければ、やめて戻ればいい。
独り身の俺としては、身軽な世の中が有難かった。
数日の旅行に行くくらいの荷物でやってきたが、家具も備えつけで不便はなかった。最初はシーツの匂いが合わなかったが、洗濯してしまえば不満は一切なくなった。
ここの別荘を借りる決め手になったのが、庭だった。一軒家の庭付きで育った俺は、縁側で花火をしたり、幼い頃はビニールプールで遊んだりと、庭での思い出が多い。そのせいか、広めの庭をネット画像で見たときに胸がときめいた。
自立式のハンモックを購入し、天気のいい日はハンモックに身を委ね、コーヒーを飲みながら読書をしたり、ゲームを楽しんだりしていた。
オンラインミーティング、つまり画面上でしか人とコミュニケーションをとることはなかったが、全く苦にならなかった。要するに、この生活が向いているんだろうと思った。
今年ももう終わりに近づいていたある日、雨が一日中降っていた。ここら辺は豪雨による土砂災害が懸念される地域らしい。
緩急をつける気のない直情的な雨は、地上にあるあらゆるモノに体当たりをしている。
一時間以内に返信しなければならない検討事項がある。
上司に先週の進捗状況と改善点の報告をしなければならない。
明日の会議の資料にも取り掛からなければならない。
全然暇じゃない。
全くもって暇じゃない。
けれど、なんとなく、眺めていた。
そして眺めてしまうと、荒々しい強情さをもつ豪雨からは目が離せない。
雨の向こうの空の色を見ていた。
雨晒しになっているハンモックを見ていた。
雨が上がったら多分、俺はあのハンモックを捨てるだろう。
潔癖症だとか、そういう訳じゃない。でも、なんだか、興味が持てなくなっている。
そして数日以内に、俺はここを引き払うだろう。
思い出すのは楽しかった思い出ばかりだ。でも区切りがついた気がする。
身軽の世の中は、俺にとって有難い。
「雨には到底なれない」
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