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しょっぱくて、意外と癖になる 5杯目

次の日、富山はなんとか朝起きることに成功し、学校へ行く支度をしていた。
あの後、ノリコはビールを三本追加し、ラーメンをそのつまみにしてどうにか食べ切った。彼女のビールが三本目に届こうかというときにオーナーが釣りから戻り、「せっかく友達が来ているのだから」と早上がりさせてもらったのだ。
「それにしても、昨日のノリちゃんは何かが憑依していたかのようだったなあ」
お酒の飲みっぷりや富山への態度はいつも通りだったのだが、服装もいつもと違ったしやけに大人しかった。今日の授業は三限目以外ノリコと一緒のはずであるから、様子を伺うつもりだ。富山は、張り切って朝マックを経由して学校へと向かった。
ホットコーヒーを飲みながら、鼻歌まじりに一限目の教室へ到着すると、もう既にノリコは席についていた。富山が窓際の席が好きなので、いつも端を空けて窓際から二番目に座っている。
昨日は幻だったのかなあ。
いつもの格好に戻っていた。ミントのざっくりニット、デニムのタイトスカートにパンプスという出で立ち。そう、彼女がするカジュアルルックとはこの程度だと富山はずっと認識していたのだ。鼻筋の通った美人系の顔立ちで、髪も綺麗に巻かれている。大抵の人は彼女をラーメン屋に誘うことはないだろう。
「おはようノリちゃん。イタリアンよねっ!」
「おはよう。イタリアンって?」
朝の挨拶に限らず、富山が脈絡もない事を言い出すのはいつもの事なので、ノリコは動じる事なく返事をした。
「今日の格好は、イタリアンが似合うって事!」
「ああ‥‥瑞希はラーメンが似合っていていいね」
浮かない顔で、溜息をついた。
「どうしたと? なんか元気ないね、二日酔い?」
彼女は即座に首を振る。
「私、二日酔いなんてなった事ないから」
元気がなくてもお酒関連の主張は必ずするようだ。
「それにしても心配かけちゃってごめんね。先輩から聞いたんだけど、私が学校来ないの心配して、お店まで来てくれたっちゃろ? 先輩失礼な事言わんかった?」
少しノリコの頬が赤みがかっている。
「まだ酔ってんの?」
「な訳ないでしょ。私の肝臓は働き者なのよ。・・・で、なんか言ってた? 私の事」
「え? いやあ、別に。むしろ先輩になんて言ったと? 私にものすごく怒ってて、ノリちゃんが来るまでものすごく怖かったんよーー」
「そうなの? ごめん・・・」
途端にしゅんとする。
「いやいや、通常営業って言ったら通常営業やけん問題ないよ」
慌ててフォローするものの、やっぱり様子がおかしい?
「ただ、お店に行ったら一人で仕込みをしてたから、私てっきりあの人がオーナーなんだと思って、学生は学業が本分なんだから、もうちょっとそこら辺を汲み取って働かせてくださいって言ったのよね」
「ふんふん」

一気に言いきって、ノリコは少し息切れを覚えた。
彼女は緊張すると、いつもより高圧的に話してしまう。オーナーと思しき男の様子を伺うと、こちらへ視線を向けていない。ちゃんと聞いていたのかどうか不安になった。
「あの、聞いてました?」
「ヒールをガツガツ鳴らして歩かれるの、イラつくんですよね」
「・・・え?」
「騒々しいのは苦手なんですよ。なので、あんまり聞いてませんでした。それに、自分は名乗りもせずにまくし立てるのはどうかと思うし、俺は一介のバイトなのでそういう事はオーナーに言ってもらえますか」
「えっ? あ、すいません! 私は崎村ノリコと言います。すいません、失礼しました」
顔を真っ赤にして、逃げるように店を後にした。
「・・・という訳なの」
ノリコはあの時の恥ずかしさを思い出したのか、顔が赤くなっている。それとは対照的に富山の顔色は青くなっている。
「ごめっ、ごめんね! 辛かったやろ? もう先輩にはきつく注意しておくけん! 鬼のような事言うなーー全く」
申し訳ない気持ちで一杯だったが、ノリコは首を振る。
「全然。だって非常識な事した私が悪いんだし。・・・むしろ、」
「え? むしろ?」
「・・・むしろ、・・・素敵だったなって」
「えええっ! ノリちゃん、Mだったの? そんだけ酷い事言われておいて『素敵』って!」
「だって、あんなに遠慮なしに斬りつけてきた人初めてだったし」
何故か照れている。
「斬りっぱなしっていうのは、どうかと思うけどね・・・」
呆れながらコメントすると、少しむっとしたようだ。
「瑞希はあの人と仲良しだもんね。あんなにじゃれ合っちゃって、仕事中に」
「何言って‥‥あっ! もしかしてマリンルックで昨日来たのって、先輩がヒールうるさいって言ったから?」
ノリコはまた照れている。冨山は動揺を隠せない。
昨日までノリコを女王様キャラだとばかり思っていたのだ。それが、とんだツンデレキャラではないか。
「瑞希は、あの人の事好きなの?」
すっかり乙女となってしまったノリコが聞いてくる。そんな事を考えた事もなかった。
「ん、好き? というより、興味深い・・・私にとっての先輩・・・」
「名前なんて言うの?」
「野口、名前なんだったかなー、忘れた」
「どんな子が好きか知ってる?」
途端にぐいぐい押してくるノリコに気圧されながら答える。
「ええ? ハードル高いなあ。聞いた事ないもんなあ、興味ないし。・・・あー、でも先輩福岡愛してるよ。豚骨ラーメンも大好きだし」
その答えに、ノリコは衝撃を受けたようだ。
「私豚骨ラーメン食べたの、昨日が初めてなのよ」
これには富山も衝撃を受けた。
「ノリちゃん、福岡生まれの福岡育ちだよね? あり得なくない?」
あまりの事に声が大きくなる。いつの間にか授業が始まっていたらしく、教授に一睨みされてしまった。
「そうは言うけど、豚骨って臭くない? 私塩ラーメンが一番好きなのよね」
「な・・・!」
また睨まれてしまうので、声を潜めて強く抗議する。
「博多っ子が言う事じゃないよ! あの独特の匂いが食欲を刺激するんじゃない! 塩だなんて邪道だよ、豚骨以外、私は認めないね!」
「博多区在住じゃないから博多っ子じゃないもの。・・・でもそっか、瑞希も相当な豚骨好きだものね。こんな反応を予想した方がよさそうね」
急にノリコは黙って、考え事をしているようだ。富山は、自分でも思ったより興奮してしまった事に驚いていた。同時に、自分の豚骨への愛に感動していた。
「よし、決めた! 瑞希、お願いがあるの」
「えっ、何?」
富山のノリコへの友情は、「塩ラーメン」発言により少し揺らいでいた。
「私、豚骨好きになる。色んなラーメン屋さんに連れて行ってくれない?」
途端、友情が戻ってきた。
「喜んで!」


<登場人物>
・野口良介 「彦一」のアルバイト、接客態度に問題あり
・富山瑞樹 「彦一」のアルバイト、豚骨ラーメンをこよなく愛する
・日向井修一 「彦一」オーナー、多趣味なテキトー人間
・崎村ノリコ 富山の友人、派手な見た目だが真面目

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