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妄想と妄想のはざまに

「昨日ハルキが出てたドラマ観た? ホントかっこよすぎてヤバかった。出てきた瞬間に空気が変わるっていうか、なんていうの、空気が喜んでる? 出演時間13秒のうち6秒目に目が合ったんだけど、まじで射抜かれた。目が合うだけで幸せにしてくれるってなんなんだろ、生き神様かな。ありがたや」
あさっての方向を見てにやにやしている田山のことを、松川は早口のスプリンターと心の中で呼んでいる。今日も開口一番田山の推し語りが始まり、話の中身よりもそれを紡ぐ口元に目を奪われる。
(どうして詰まることもなく、滑らかに言葉を送りだすことができるんだろう)
会う度に半ば呆れ、半ば感心して眺めていたから、松川は益々無口になった気がしていた。

田山と松川の出会いは電車のホームだ。電車に乗り込むときに、後ろに並んでいた田山が松川のスニーカーを踏んでしまい、片方だけホームと電車の隙間に落ちてしまったのだ。
大事になっては嫌だからと、そのまま乗り込もうとした松川を引き留め、田山は近くの駅員に駆け寄り靴を拾ってもらった。1、2分で解決はしたものの、他の乗客の目線を気にした様子の松川に気づいた田山はベンチを指差し、二人で次の電車を待った。それからの付き合いだ。

田山の推し、ハルキは最近ちらほら観るようになった若手俳優だ。同じ町内に住んでいたらしく、子どもの頃に面識があるという。
「あの頃からも〜う愛くるしくてね、コンビニの前に繋がれた犬が怖くて通れなくて、大きな瞳に涙を溜めてウロウロしてたのを助けたっけ。『お姉ちゃんありがとう』って! あの笑顔のためならなんでもするって思ったよね!」
「田山、声のトーン落としてよ」
「あっごめん。それでね、それからすれ違う度に手を振ってくれるようになってさ。でも大きくなってくると、そうはいかないじゃん。思春期という名の壁が立ち塞がるじゃん。最後に見かけたときには他人行儀な会釈だったなぁぁあ」
「他人じゃん」
「そうだけれども! あ、松川ってハルキと同い年だわ。羨ましいなぁ、私も同じ時代を過ごしたかった。青春時代を彩る歌を一緒に口ずさんだりしてさ。夏休みの宿題をうんうん唸りながら片づけて、海でバーベキューしたり、夏祭りで焼きとうもろこし食べて、ほっぺについたタレを拭ってくれて・・・」
「田山」
「えっ」
妄想が捗りすぎた田山は、松川の緊迫した声に現実に戻された。
「ごめんごめん、あっちの世界に行ってた。なに?」
「田山。田山は・・・俺とハルキ、どっちが好きなの」
「松川だけど」
真顔で食い気味に返されたが、松川は納得がいかないようだった。
「うそつき」
沈黙が流れ、松川は逸らした視線を怖々と戻す。田山は真顔のまま、まっすぐ見つめていた。
(俺いま、らしくないこと言っちゃったかも)
田山と会うようになって初めての気まずい沈黙に、松川は動揺した。
「私今日は帰るね」
「えっ」
突然席を立つとバッグと伝票を持ち、帰ろうとする。
「映画は?」
「ごめん、また今度」
振り返ろうともせず、背中を向けたまま断ると店を出て行った。
残された松川はぼうっとしている。しばらくは戸惑いや不安が浮かんでいたが、口元を引き結ぶと早足で田山の後を追った。

見当たらず、反対方向だったかとスマホに手を伸ばしたところで探していた背中を見つけた。そのまま近づくと、田山はなにやら話している。独り言かと思えば、誰かとイヤホンで電話しているようだ。
「いやだからね、ヤバかったんだって! 思わず逃げてきたもん」
『逃げる』。その言葉に松川は凍りつく。
「どっちが好き?だよ。現実世界で言う人初めて見たし、そんなこと言われるとか思わないじゃん」
羞恥で頬は染まり、足も止まる。松川にできるのは、次第に遠ざかる背中を見つめるだけだ。
「ホント可愛かった。え? 大丈夫、抜かりはない。心のスクショ撮ったから。もーアキが可愛すぎて手ぇ出しそうになったから、速攻で頭の中でお経を唱えた! ほら、この前写経行ったじゃん」
田山はテンション高く笑っている。すれ違う人たちは怪訝そうな視線を向け、避けて歩いていく。
松川は項垂れた頭をぎこちなく上げ、自分の耳を疑った。
(アキって・・・)
「ばか、いいわけないでしょ。17だよ? お縄になるのは御免だもん。アキが卒業するまではプラトニックの鬼よ。そう、鬼。手も繋いだことないし、頑なに名字で呼び続けてるし。いや、今はいいの。私の可愛い可愛いアキは妄想の中では私のこと『さくら』って照れながら呼ぶの。そいで夏祭りで焼きとうもろこし食べて、ほっぺについたタレを拭ってくれて・・・ああ最高、たぎるよね」
「さくら・・・」
「やべ、とうとう我慢しすぎて幻聴が聴こえるように・・・」
笑いながら振り向いた田山は固まった。
「アッ・・・松川!? あれっ?」
「さくら・・・」
潤んだ瞳の松川アキは、田山さくらのセットアップの上着の裾を掴みながら、頬を染め恥じらう笑みを見せた。
「まじか、妄想が妄想を超えてきた」

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