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クラゲの骨
のらりくらりと喧騒の中をすり抜けて歩くのだけが得意なやつだった。
辺りをうろついては、うまい話はないかと鼻をひくつかせ、その場その場でへらへらと強者にすり寄る。裏切っている感覚もないのだろう、呑気な顔で街を歩いていた。
やつはクラゲ。そう呼ばれていた。
高校のときからやつの印象は変わらない。ただ漂うだけ、半透明な存在感。
俺が大学の仲間と街でたむろするようになると、たまに見かけるようになった。顔もうろ覚え、本名も知らない、言葉を交わしたことすらない。だが、学校でも世間でも構わず、どこででも気楽に漂っているようで、見かければなんとなく目で追っていた。
そんな関わりのなかったクラゲと、俺たちが揉めたのは女だ。
仲間の一人が、付き合っていた女を妊娠させたのだ。中絶させて別れたい仲間と、産んで結婚したい女は揉めに揉めた。挙句女は行方をくらませ、その逃亡にクラゲが手を貸したと噂が流れた。
一流企業に就職が決まったばかり、万が一の醜聞を恐れた仲間に懇願され、俺たちはクラゲを囲み、行方を聞き出そうとした。
やつはクラゲ。評判通りにへらへらと居場所を吐くに決まっていた。俺はクラゲなんぞを頼ったバカな女に呆れてさえいた。
だがクラゲは吐かなかった。仲間が逆上して暴行を加えても、痛みに呻き泣いて許しを請いながらも、女の居場所を言わなかった。
そうする内に、痛めつけられ朦朧としたクラゲは、ふらついた拍子に後頭部を打ちつけた。
ぐにゃりとくずおれて、本当にクラゲみたいだと思ったことを覚えている。そのまま地面にへばりつくように動かなくなった。
死んだと理解できたあとの俺たちは、相当なパニック状態だった。今思い出すと滑稽ですらある。
最初は綺麗事を言うやつもいたが、結局クラゲのために将来を棒に振るつもりのない俺たちは、早々に山に埋める決断をした。
十年後、俺は一人でクラゲを埋めた山に来ていた。
最初から後で掘り起こしに来ると決めていたから、場所はちゃんと記録していた。ケータイを何度変えてもずっと残してきた画像を頼りに、クラゲの墓に辿り着く。
手向けの花の代わりに、雑草が他よりも生い茂っている。
ゴルフバッグからスコップを取り出すと、無心で掘り続けた。汗が滴り落ち、息が上がるころ、やっと対面することができた。
のらりくらりと喧騒の中をすり抜けて歩くのだけが得意なやつだった。
いつものように世間をすり抜けるのに失敗したクラゲは、土に埋められた。
なぜクラゲが女を庇ったのかはわからない。女も結局、数年もするとふらりと戻ってきていたらしい。
ただ漂うだけのクラゲ。それでも最後に意外なものを見せてくれた。だから興味が湧いた。確かめたかった。
まじまじと、骨と衣服以外は土の養分となった死体を眺める。
「クラゲにも骨はあったんだな」