夜にしか咲かない花
世の中には、「No」が言えない人がいる。
「ドライアイス要りますか?」
スーパーのおばちゃんに尋ねられ、「はい」と答える。冬の日、歩いて15分のスーパーから帰るためにドライアイスなんて要らないのに。私は今日もドライアイスの機械の前に並んでいる。
昨日もそうだ。「レシート要りますか?」で断ったためしがない。特に記録している訳ではないのでゴミとして貯まるレシートの束。
社内組織の体制がガラッと変わったのが去年の10月。お世話になっていた前川先輩が産休に入ったのもその時期。ただでさえ慣れない部署で、信頼できる先輩が居なくなった。
「このプロジェクトのチーフ任せていいかな?」違う支店から10月に異動して来た加茂山部長に声をかけられたのが今年の1月末。まだ右も左も分からない私の体は全力拒否をしていた。それとは裏腹に、「わかりました。」と言葉がするすると出ていた。
なんとか3週間のノルマを達成し、2月の末に間に合わせた。達成感はあったが、夜眠れず、食欲もない生活は続き、気がついたら、ちゃんと呼吸ができなくなっていた。
「うつです」と言われれば救われる?どうなるんだろうと縋る想いでメンタルクリニックに辿り着き、見事「うつ病」の診断を得た。
死にそうな思いで3ヶ月の休職手続きをし、一人暮らしの六畳間に帰る。布団に潜ると疲れ切っているのにやはり眠れない。涙が出ればいいのだが、それさえ叶えてくれないみたいだ。
すっかり昼夜逆転し、夜中の3時に散歩に出かける。この辺は治安が良い方だから、女性1人でも歩くことはできる。この時間が最も気分が楽だ。誰も活動してない。すっぴんでも誰にもみられない。風呂に入ってないから臭いけど、誰にも迷惑かけない。人生、追い抜かされることもない。
アパートの屋上へ駆け上がり、私は踊った。冷たい空気が気持ちよかった。日が昇るまで、思う存分踊った。頭の中で流れるクラシックに合わせて、ゆっくりと、優雅に。誰に見られるわけでもないから、メチャクチャに。
気がつくと、外は明るくなっていた。枕には、涙の跡がついていた。