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水たまりで息をする/高瀬隼子

▫️あらすじ
「風呂に入らない」。ある夜、夫がそう告げた。問うと、水が臭くて体につくと痒くなるという。何日経っても風呂に入らない彼は、ペットボトルの水で体を濯ぐことも拒み、やがて雨が降るたび外に出て雨に打たれに行くようになる。結婚して10年、この先も穏やかな生活が続くと思っていた衣津実は、夫と自分を隔てる亀裂に気づき__。誰しもが感じ得る、今を生きる息苦しさを掬い取った意欲作。

▫️感想
ある日を境に夫が風呂に入らなくなり、順調に進んでいたはずの夫婦生活の歯車が歪み始める。「風呂に入らない」という現実でもありうる取っ掛かりから物語は進んでいくため、とても読み進めやすかった。夫の風呂に入らない期間が経つにつれ、匂いや肌の汚さがリアルに描写されているため、想像するだけで一定の距離を取りたくなる感覚があった。静かに壊れていく夫とともに、努力して受け入れようとしていた衣津実の感情も徐々に変化していく。クライマックスでの衣津実の感情の描写は、感情の内側を上手く表現しており、言語化の精度に圧倒された。


▫️心に残った一行
P44 「衣津実も、そのうち自分は子どもを産むのだろうと思っていた。子どもが欲しいというよりも、積極的に子どもが欲しくないわけでないのであれば、いた方がいいだろうと考えていたのだった。それはこれまでの人生の流れにあった、特別な事情がない限り「進学した方がいい」し「就職した方がいい」し「結婚した方がいい」の続きだった。

P100 「狂っているとしても、と彼女は考える。何かが狂ってこうなっているのだとしても、彼がぶるぶる手足を揺らして笑っていられるなら、それでいい。指先からはねたしずくがあたりの石に点々と跡を付ける。その点と、点を、視線で結んでいく。こうしている間に、わたしたちは何も間違えないでいられる。

P115 「衣津実は、夫が人生の全てとは思わない。けれど、夫がいてくれたらそれでいい、とは思っている。その二つのことは、似ているようで違う。夫にとって自分もそうであったらよかった。」
「許したくてしんどい。夫が弱いことを許したい。夫が狂うことを許したい。だけど一人にしないでほしい。」

P130-131 「わたしたちは夫婦だから、離れない方がいいから、付いて行くことにした。そうして並べてみると、まるで何も考えていないみたいだけど、熟考して選んでないからといって、全てが間違いになるわけではない。無数に選択肢がある人生で、まっすぐここまで辿ってきた当たり前みたいな道を、おままごとみたいと、誰が言えるの。愛した方がいいから愛しただけだと、ほんとうに思うの。」

P131 「他人の傷を受け止める度量が自分にはない。わたしたちは二人しかいない。他に誰もいないからこそわたしたちは二人で暮らしてきたのに。」


▫️こんな人におすすめ
・「普通」とは何か改めて考えたい人
・生活する中で息苦しさを感じる人

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