翠の雨が降る頃に。【06】
「よしっ」
ある晴れた午前中。ずらりと並んだ材料と、その使い方が書いてあるメモを用意して、レナードは意気込んだ。今日はとある客人が家にやってくる。それまでに用意しておきたい物があるのだ。
まずはボウルに水牛乳を入れ、少量のファイアシャードを使って人肌程度に温める。そこに「マル秘!」と書いてある粉を少々入れて、ゆっくりとかき混ぜる。ある程度混ざったら、小麦粉をふるいながら、そして食塩も一つまみボウルに入れる。すると、徐々に粘りが強くなってくるので、あらかじめ用意しておいた綺麗なテーブルにその生地を置く。さあ、ここからが力仕事だ。
ぐっ、ぐっ、と力を入れて、生地を練る。練る。練り続ける。時折、小さく切ったバターを練りこみ、また力強く練る。小さい頃に遊んだ、土粘土遊びを思い出しながら、その思い出も併せてひたすらに練り込む。
「よっ、っと……これぐらいかな?」
むい、と生地に薄い膜が張り、弾力が出たのを確認してからまあるく丸め、ボウルに戻す。上に濡れた布巾をかけて、50分ほど放っておく。
その間にここまで使った道具の後片付けを済ませる。ふと時計を見ると、作り始めてから既に1時間ほど経過していた。なるほど、パン屋さんの朝が早いのはこういう理由か。と一人納得する。一つの種類でこれだけ時間がかかるのに、何十種類と用意することの大変さを考えると、パン職人さんには頭が上がらない。
「わああ、膨らんだ!」
放っておいた生地が2倍ほど大きくなったところで、ガス抜きをして、砕いたウォルナットを混ぜて成形する。今日はそのまま、油を塗ったフライパンに敷き詰めて焼き上げる。約束の時間まであと、1時間程度。もう一度発酵させるので、焼き上がりはきっとちょうどいい頃合いだ。
ふわり、と香ばしい良い匂いが部屋にいっぱいになった頃。ドアが明るくノックされた。
こんこんこん
「レナード!約束の牛乳屋が来たわよ!」
「ウロロさん、牛乳ありがとうございます!」
丁度焼き上がったところなんです!と笑顔で迎え入れると、勿忘草色の髪を一つに纏めたララフェル族の女性の目がきらりと輝いた。
「メモ通りの時間に焼いてくれたのね!」
「ええ、完璧な時間配分です」
「素晴らしい!いろいろ回ってきたから新鮮な野菜も持ってきたわ」
「私は秘蔵のベーコンを用意しました」
じゃあこれで、と二人で顔を見合わせ、
『サンドイッチパーティー(です)ね!』
ふふふ、あはは、と声を出して笑い合う二人を、出来立てほかほかのウォルナットブレッドが部屋で歓迎していた。
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