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翠の雨が降る頃に。【05】

その日のレナードはとても急いでいた。約束の時間が迫っていたからだ。

手土産をグリダニアのマーケットで買ってから友人の家へ向かう予定だったのだが、着ていく服を悩み出したら止まらなくなってしまったのだ。時計を見て青ざめ、大慌てでグリダニアへテレポしたのが約束時間の数分前。都市内エーテライトでマーケットへ急ぐ。

(あわわ、急げ急げ!)
革細工ギルドを背に旧市街の石畳を駆け出す。短時間にテレポを繰り返したことと、マーケットまでの登り坂とで息が少し上がっている。日頃の運動不足を呪った。

「ぉわっ!」
もう少しで坂を登り切る、といったところで急に何かに引っ掛かった。何事かと見下ろすと、右の靴紐がだらりと解け、左足に踏まれていた。

(ーっもう!こんな時に!)

かがむ時にさっと感じた風が、自分が冷や汗まみれということに気付かせる。慌てても仕方がないことなのだが、指先はそれを分かってくれない。はやる気持ちを抑えて、紐を結び始める。

ふとその時、自分から伸びるやたらと長い影に気付いた。顔を上げると、前からやってくる人は強い日を浴びて目を細めている。
今は夕方か。だが、この光り方はなんだろう。急いでいることを忘れさせるほどの、この光は。
紐を結ぶのもなおざりに、ぐぐ、と首を後ろへひねり、光の方へ目をやる。

そこは、まばゆいほどの金だった。
夕日というにはあまりにも美しく。
霧によって拡散された暖かく豊かな光がとても心地よく。
樹々の濃淡と大地とが描く光景が、目の前の一本の木や草花ですら神々しく。
ここが精霊の住む土地であることを、揺らぎながら、確かに訴えてくる、一瞬の絶景がそこにあった。
これは、この夕日は、あの日だ。

(、あ)

“大変な時こそ、世界を楽しむ余裕や美しいと感じる心が必要なんだよ”

紅葉の鮮やかなあの森で、兄と自分。それから未来の師匠とで。そんな話をしたのを、ふと思い出してしまったのだ。まだ黒い大きな城ができる前の、夕日の美しいギラバニアの思い出。平和に包まれながら浴びた穏やかな陽の光を、私はまだ忘れることができない。

「きれい」

自分の声で我に返る。
いけない、約束の時間が。
すくっと立ち上がった時には、もう指先の震えも冷や汗もどこかに消えていた。ああ、この気持ちはなんだろう。ほんの一瞬で、こんなにも落ち着くことができた。
そうだ、慌てても仕方がない。先ほどよりも、穏やかにその言葉を噛み締める。時計を確認すると、すでに約束の時間は過ぎていた。
リンクパールを取り出し、友人へと連絡する。

「ああ、ごめんなさい。私です。ええと、……怒らないで聞いてくださいね」

夕日に見惚れて、なんて笑ってくれるだろうか。

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