MARGARET HOWELL
日本とイギリスって昔からどこか似てるって言いますが、わたしも伝統的文化において通ずる価値があるなぁとよく感じます。
職人の技術や物を大切にする精神など、目に見える色形ではなく、何を軸に文化を築いてきたか、その価値観が似てるのだと思うのです。
マーガレット・ハウエルはファッションの世界において、イギリスと日本の親和性の高さを感じさせる、象徴のようなデザイナーの一人ではないでしょうか。
今回はマーガレット・ハウエルがどんなデザイナーであり、その魅力とはなにか、そしてなぜこれだけ日本で愛されるファッションブランドとなったかをお話しします。
マーガレット・ハウエルは1946年、イギリスのサリー州生まれ。なんと御歳75歳にしてバリバリ現役。
そしてブランド設立51年。『継続は力なり』を地でいく、パワフルで歴史あるデザイナーです。
現存するファッションブランドのなかでも、これだけ長く現役でデザインに携わるデザイナーはめずらしい方ではないかと思います。
いつ見ても健康的で体型も変わらず、笑顔がチャーミングなメガネ女子でございます。
※余談
マーガレット・ハウエルのwomensラインは頑なにXLサイズを作りません。
その理由はマーガレット自身が日々ワークアウトをこなすことで体型を維持し、歳を重ねても若々しくエネルギッシュにファッションを楽しんでいるからです。自分の服を着る女性にはそれくらいファッションに対してアクティブであってほしいという願いが込められているようです。
mizunoとのコラボで作った水着がまるで競泳用のように本格的な水着なのですが、定期的にスイミングでトレーニングをしているマーガレットらしい、見た目より実用性を重視したアイテムですね。
若い頃、ロンドンのゴールドスミス・カレッジでファインアートを学び、卒業後、アクセサリーのデザイナーを経て、1970年に自らデザインしたメンズシャツを発表。
このメンズシャツがマーガレットにとってブランドのスタートであり、いまだにブランドを象徴するアイテムです。
蚤の市で一枚の古着シャツと出会ったマーガレット、その縫製のよさや着古した独特の風合いに心を奪われたのです。
当時のイギリスでは、プレスのきいたパリッパリのシャツが主流。隙間なくピタッとフィットした襟にネクタイをビシッと絞めることが美しいとされていました。
それに対してカウンターパンチを食らわせたマーガレット。
糊の効いていない洗いざらしのシワシワ素材、襟元は隙間ガバガバのゆったりシルエット、まさにメインストリームへの反逆シャツをご提案してしまったのです。
イギリスにはサヴィル・ロウと呼ばれるオーダーメイドスーツの聖地みたいなとこがあります。
伝統を守る名門の高級紳士服のお店が集中し、腕のいい仕立屋さんが揃ったストリートです。ここでは英国紳士たちが伝統的でありながらも一人一人個性のあるオーダースーツを仕立てる文化が今でも受け継がれています。
それは素材を選ぶところから始まり、それに合わせるシャツやタイの柄、カフスボタンで遊び心を表現したり、細部までこだわりぬく。
スーツは決まった型があるものの、その型の中で無限に自分らしさを楽しむことが出来る伝統と余白の宝石箱やーー。
これって日本の着物文化にとてもよく似てますよね。素材や柄、小物で個性を表現するとこなんてまさに着物の醍醐味だし、一つ一つの仕立てに『職人』が携わっているという価値もまさに近しいものを感じます。
※余談
悲しいことに若者が自国の文化に疎いということも日本とイギリスまた同じ。日本で着物を着ることがとても特別になっているように、オーダーメイドでスーツを仕立てることもまた特別なこと。
特に貴族階級がまだまだ残るイギリスでは貧富の差も激しく、ほとんどの国民にとって高級なファッションブランドなんぞ無縁。
我々が想像する山高帽を被ってステッキを持ったいわゆる英国紳士とゆーのは、海外の人が想像する着物姿でチョンマゲ頭、歌舞伎と相撲をたしなみ、すき焼きと寿司を食べ、腹切りを日課とするよーなTHE 日本人のこと。
マーガレットのデザインの特徴は、『伝統』と『革新』のバランスのよさです。
マーガレットの象徴的アイテムであるヨレヨレシャツ、見た目はヨレヨレでも縫製や素材、ボタンひとつにもこだわったとても上質な品物です。襟の芯にはスーツ用のシャツに使うような硬い芯は使わず、洗いざらしでも形は崩れず、尚且つ柔らかい風合いが出るような薄い芯を使い、絶妙なヨレヨレ感を表現してます。
上質でなければいけない理由として『伝統』があるのです。
蚤の市で見つけた古着シャツは伝統的な製法で細かな手仕事が輝く一品でした。その上質なアイテムが時を経て手にいれた独特なエイジング感。その『伝統』と『革新』のバランスのとれた美しさに気づき、既製服として再びデザインし直したマーガレットの感覚はまさに革命的でした。
恐らく当時のサヴィル・ロウの仕立屋さんに言わせれば、『は?ねえちゃんふざけてんのか?こんなヨレヨレシャツ、わしら部屋着でも着いへんわ。』と言われてしまうくらいあり得ない提案だったのです。
どんな時代も新しい価値は最初なかなか受け入れられないものですが、このヨレヨレシャツは当時ブリティッシュ・ヴォーグで取り上げられ、マーガレットは「英国の伝統を打ち破ったデザイナー」として高く評価されました。いまでこそナチュラルテイスト大好きなマダム御用達のゆるゆるシャツですが、当時はそれくらい衝撃的な新しいファッションの価値観だったのです。
※余談
実はマーガレットは後にサヴィル・ロウに店を構えます。サヴィル・ロウに店を持つ初の女性デザイナーとして話題になり、改めてマーガレットがイギリスの伝統的な服づくりを大切にしていたかが分かります。
そして残念ですが、数年後にそのお店はクローズしてしまいます。
理由は定かではありませんが、やはりまわりのお店から『おう、ヨレヨレシャツのねえちゃん、ここで商売するとかふざけとんのか?』とか言われちゃったのかな、、。
ファッション界のマルコム・マクラーレンこと、やさしき革命児マーガレット、実はファッションだけでなくインテリアにも精通しており、ライフスタイルに関わる様々な仕事もこなしております。
今でこそ『ライフスタイルショップ』なんてものが当たり前になり、ファッションとライフスタイルは一つのお店で表現されておりますが、まさにマーガレットはこのファッションとライフスタイルを提案した先駆けです。
なぜマーガレットはライフスタイルをファッションに取り入れたのか??
それは彼女にとってファッションがライフスタイルの一部であり、いわゆる着飾るファッションを表現したデザイナーではないからです。
よくマーガレットのファッションを表現する際に用いられる言葉がこれです。
『マーガレットはファッションではなくスタイル』
言えて妙、まさにこの一言に尽きます。
ファッションとは、着飾ったりトレンドを追いかけるあくまで表面的なもの。
それに対してスタイルとは、どう着こなすか。着る人の内面やキャラクターを衣服で表現する精神的なツール。
そして世の中のファッションブランドはほぼほぼ前者。ファッションはあくまでファッションなのです。
そもそも貴族文化の中で発展したファッション。高級素材や宝飾品、贅を尽くすことで進化を遂げた価値は、使い古されたら過去のものとなってしまう。そんなふうに個人的には感じます。
それに対してマーガレットが作る服は使う環境や目的を意識し、衣服の『ファッション的要素』よりも『機能的要素』を追求して作られてます。
そのためマーガレットの作る服は時代を越えて人々の生活の中で愛用される作業服やミリタリーが元ネタになっていることがとても多く、彼女自身が着飾るためということよりも、生活の中のギア(道具)として衣服をとらえていることが分かります。
マーガレットは週末になると、休暇をサフォーク州の海岸に近い別荘で過ごすことが多いようです。
そこで何をするかというと、ただ生活を楽しむのです。
マーガレットが好きな凄まじい60年代モダン建築の別荘には彼女の大好きなものがつまっている。家具やキッチンツールなど、お気に入りのデザインに囲まれ、料理をしたり、庭いじりをしたり、生活のひとつひとつを丁寧に楽しむ。
仕事が中心になると時間の忙しさから、丁寧に生活を楽しむことが出来なくなり、効率的に食事や家事を済ませてしまいがちです。
マーガレットはライフスタイルを丁寧にすごすことで、自分の生活リズムを本来あるべきリズムに戻すのです。そしてそのライフスタイルこそが彼女のモノづくりにおいて大切にしてる要素。
ブランドの中でライフスタイル展開されてるラインの『MARGARET HOWELL HOUSEHOLD GOODS』。こちらでセレクトして取り扱われるようなキッチンウェアや家具、またガーデニング用品やデッキブラシは生活を豊かに過ごすためのギアです。マーガレットが実際使って利便性を感じたり、モノづくりにおいて職人のこだわりや歴史を感じられるものなど、メインラインと同じ価値観でセレクトされ、お洋服と同じく生活を豊かに過ごすためのものとして表現されております。
マーガレットハウエルは2021年春夏からランウェイでのコレクションの発表ではなくルックでシーズンのイメージを発表。
マーガレット自身が常に変化し続けるコレクションを発表し、普遍的なブランドのようでありながら、シーズンごとに時代に合った表現をしています。
ファッション業界において、この毎シーズンのコレクションはなかなか変えることの出来ないシステムであり、過剰生産ではないのかと、時代の変化と共に疑問に感じる声をたくさん聞くようになりました。
地球規模で環境問題が深刻になり、劣悪な環境での労働が報告されるなど、現代社会のなかでアパレル産業は社会的責任を突きつけらています。
特にコロナウイルスの影響で縮小を余儀なくされた大手アパレル企業も多く、将来確実に来たであろう淘汰が予定より早く進み、経営の赤字、閉店やブランド終了、更に人員調整など、、ファッション業界を暗いニュースが覆い尽くしています。
マーガレットハウエルももちろん他人事ではありません。ブランドの母体であるTSIは所有している不動産の売却などで赤字は免れたものの、おそらく中身はかなりシビアだと思います。
ここからはわたし個人の推測も含まれるマーガレットの歴史と今です。
そもそもマーガレットハウエルは2000年頃ブランドとして一度存続が危ぶまれていたようです。
その際日本での販売権を持っていたアングローバルがブランドを買い取り、再びブランディングし建て直しました。
マーガレットハウエルのイギリスでの活動はとても規模の小さなもの。大英勲章をもらったデザイナーとはいえ、ビジネスとして成り立たなければ存続が難しいという厳しい世界。そんななかアングローバルの存在はマーガレットにとって善きビジネスパートナーだったのではないかと感じます。
マーガレットは当時から日本での人気が高く、販売店もかなり増えていました。アングローバルも大手アパレルグループの傘下に入りブランドをバックアップする技術と資金がしっかりあっと思われます。
ブランドの買収というとあまり印象よく思われませんが、マーガレットとアングローバルの間にはきちんとお互いのリスペクトがあり、それこそが成功の要因ではないかと思います。
アングローバルはデザイナーとしてマーガレットの素晴らしさを尊重し、彼女の創作活動を支持。そしてマーガレットもアングローバルを信頼しビジネスパートナーとして選ぶ。冒頭で話した通り、マーガレットハウエルを通して、こういった日本とイギリスの親和性を感じます。
そしてそれから10年、今や日本での店舗数も増え、ブランドの知名度も高くなりました。
イギリス以外にもパリやフィレンツェ、アジア諸国に事業を展開するなど、アングローバルがマーガレットのビジネスパートナーとしてあげた功績は非常に大きいでしょう。
そしてそれと同じくらいマーガレットが時代に合ったスタイルで、ファッションブランドのデザイナーとして評価を高く受けてきたことも事実。
この成功は決して簡単なものではなく、素晴らしい二人三脚のうえ成し遂げた成功だとわたしは思います。
しかし、世の中の流れで見たとき、ビジネスの成功がデザイナーの評価とイコールではない時代になったことも現実。
これだけ大きな規模になったということは、マーガレットもアパレルブランドとして大量消費や資本主義がもたらす負のサイクルに荷担してると言っても間違いではありません。
ベーシックで長く愛用出来ることが理念のブランドであれば、毎年毎年これだけ大量な商品を生産し、アウトレットまで数店舗も有する必要はあるのだろうか?
使用されてる素材はすべて、生産者へ適した対価が支払われているのだろうか?
マーガレットハウエルを心から良いブランドだと思う私自身でさえ、これらの問いに矛盾を感じてしまうし、胸を張ってポジティブな回答はできません。
これがアパレルブランドの現実です。
そんな中でもマーガレット自身がモノづくりにおいて大切にしていることは変わりません。
スコットランドの高い技術で作られたニットや、職人の手編みニット
クラフツマンシップを大切にするブランド、マッキントッシュやポーター、ジョンスメドレーなどとのコラボ
こういった作り手の見えるモノづくりを支持し、本当に価値のあるものと仕事を続けるマーガレットは、やはりファッションブランドというより、職人でありアーティストだとわたしは思います。
個人的には日本での展開ももっとコンパクトで、ラインナップも絞って、本当にやりたいモノづくりだけをすれば良いのでは?と思ってしまうくらい、わたしはマーガレットの職人気質さやアーティストのような信念をもっとだしてよいのではないかと考えます。
あくまでわたし個人の考えであり、今のマーガレットハウエルのブランドビジネスや会社としてたくさんの従業員を抱えていることなどを考えると、簡単に事業縮小とはいえない。
ただ、わたしがファッション業界に対して抱く疑問として、毎シーズンのコレクション発表や、展開する全店舗へのフルラインナップを計画した過剰生産は本当に必要か?ということです。
車や家具などと同じように衣服をギア・ツールとしてとらえるならば、流行りという理由で毎年新しいものをそんなに買い変える必要はないはず。
マーガレットのモノづくりにおいて、ブランド設立のきっかけとなった一枚のヴィンテージシャツ。
仕立てがよく、使い込んだその風合い。使い捨て社会には絶対に真似できないヴィンテージならではの美しさを見いだす価値観こそマーガレットの魅力です。
この先時代が変わり消費に対する考え方が地球規模で変わったとき、大昔からぶれずに未来思考でやってきたデザイナーとして『マーガレット・ハウエル』の名前があげられる日がくることをわたしはつよくのぞみます。
人類がファッションと消費に対する考え方を変えなければいけない今だからこそ、彼女はこれから訪れる時代を先に生きてきたデザイナーであってほしいです。
その存在価値を多くの人が理解できた時に、この資本主義社会や無意味な大量消費が減り、より多くの人が健全にファッションを愛せる時代となるでしょう。
マーガレットハウエルの真の価値は、表面的なデザインではなく、、
どう生きるか
なにをチョイスして
どう自分のものにしていくか
そういった自分のスタイルを持った、自立した美しさを実現するギアであると、わたしは思います。
最後まで読んでくださりありがとうございます。