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雑文「そのナンバーの残酷と希望」

手紙を書こう。
名も知らぬ、誰かも知らぬ君に。
もちろん、出すことはない手紙。
手紙は、相手に何かを伝えたい時だけに書くものではない。
自分の心を整理するために、慰めるために、心に宿った何かに形を与えるために、書くことだってある。

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LINEには、電話番号が登録されている人物を自動的に「友達」に設定する機能がある。その機能が働いたらしく、iPhoneによく知った名前が表示された。
6年前に死んだ、母の名前だった。

電話帳はなかなか消せない性分だ。
もうこの人と連絡を取ることはないだろうと思っていても、すぐに消すのはどこか忍びない。何年かに一度、たまたま目に入った使われていない連絡先の名前に、ふと記憶が蘇ることも嫌いじゃない。
だから母が使っていたその番号は、僕のスマホの水底に眠ってはいたのだろう。
でもなんで、今さらLINEに表示されるのだろうか。淡い記憶が伴うその名前に、指で触れた。

中学生だろうか、夏休みが訪れたことの喜びが書かれたTOPページ。男の子みたいだ。
ああそうか、と思う。
母の番号は、彼が引き継いだのだ。年の頃から、初めてのスマホだろうか。親に買ってもらったのだな。そしてすぐにLINEを始めた。その番号で繋がった多くの「友達」と、これから世界を広げていくのだろう。

昔、大学の時に同い年の友達が死んだ。何年か経って、ガラケーに彼の連絡先が残っているのを見つけた時は、ワインボトルの底に溜まる澱を思った。
消せない番号達は、使われることも無いままにスマホのメモリの端で静かに佇んでいて、時間が経つほどに僕には意味の無いものになっていく。そんな澱のような番号が僕の電話帳にだんだんと溜まっていく事を想像して、その時は、海に沈んでいくような気分になった。

でも、澱のように思えた番号が、次の世代に繋がっていることもある。中学生の彼の、世界を拡げる11桁になるのだ。それはまるで仏教の生死観にも似た感覚、と一瞬思ったけど、全然違うか。まあでも、悪い気分じゃない。


だから、手紙を書こう。
名も知らぬ、誰かも知らぬ君に。
もちろん、出すことはない手紙。

なあ、少年。
学校は楽しいかな。夏休みは楽しいかな。
こんなご時世で、色んなイベントが無くなったりしているけど、来年には面白いことがいっぱい待っているかな。
世界はどう見えるかな。未来は輝いているかな。
君はどんな大人になるのかな。

なんか変な人に勝手に友達登録されているな、とか思うかも知れないけど、そのナンバーは、もう少しだけ残しておいていいかな。

僕をこの世に産んだ、その人の名前とともに。

(了)

企画「#あなたへの手紙コンテスト」に参加させていただいています!

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あめしき@02文庫
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