ショートショート「サブスク彼女」(読了時間3分)
サブスクリプション、略して「サブスク」と呼ばれるサービスがずいぶんと増えてきた。
元々は音楽や動画の配信サービスなどで使われ始めた言葉で、定額で継続的に課金すればサービスが使い放題になる。
サブスクは今では様々なジャンルに広がっている。車や飲食店、オモチャのサブスクなんかも存在する。
そんな中で、僕が今ハマっているのが…
「お待たせ!」
弾むような声で、彼女が僕に話しかける。
「全然、今来たところだよ」
「良かった、じゃあ行こっか」
手をつなぎながら、映画館に向かう。
ミディアムボブの髪に、コロコロと変わる豊かな表情。シンプルなワンピースが良く似合う僕の彼女。
でも、ただの彼女じゃない。「サブスク彼女」だ。
このサービスに出会ったのは1年半前。
平日は仕事に追われて疲弊して、休日は家で寝て過ごす。彼女なんて出来るわけがない生活を送っていた。そんな僕の目に広告が飛び込んできた。
『あなたの癒しに「彼女」のサブスク 月額10万円』
新たに始まったサービスで、月10万円を継続課金することで、ずっと彼女のように振る舞ってくれる。もちろん、予定があるから会えない、という日もあるけど、それは普通の彼女でも同じだろう。継続課金をしている、ということ以外は本当の彼女のように接してくれた。
初月無料キャンペーンにつられて申し込んだ僕は、すぐに今の彼女にハマった。そのまま1年半、ずっと関係は続いている。
「映画面白かったね」
「あそこが良かったよなー。続編も出るんだろうな」
映画館を出て、食事に向かう。隣を歩く彼女は本当に可愛い。
会うたびに僕は、どんどん彼女を好きになっていた。月10万円は痛かったが、他に趣味もない僕としては有意義な使い方に思えた。
でも好きになればなるほど、継続課金での「サブスク」という関係が苦しくなってくる。
あんなに笑ったり、喜んだり、時にはケンカして泣いて、でも仲直りして…。そんな想い出も、彼女にとってはサブスクのサービスでしかないのだ。
月10万円が惜しいわけではない。ただ、この関係はもう続けられない。
僕は食事のあと、帰り道でついに切り出した。
「ごめん、今月でサブスク、解約しようと思うんだ」
「え…。私、何かしちゃった?」
「違うよ。君は最高だ。サブスクなんて関係なく大好きだ。だからこそ、もう関係は続けられない」
「そんな…」
「後悔はしていないよ、本当に楽しかった。今までありがとう」
彼女の家の近くまで来ていたので、そこで彼女に背を向けて歩き出す。彼女から見えなくなるまで、涙はこらえなければいけない。
「待って!」
彼女が後ろから追いかけてきて、僕の手を握った。
「待ってよ、急に」
「ごめん、でも…」
やっぱりこれ以上は無理だ、そう言おうとした僕の唇を、彼女が唇で塞いだ。離れると、彼女は目を赤くしていた。
「勝手にそんなこと決めようとして…もちろん最初はサブスクだったけど、1年半一緒にいて、私だって気持ちがずっと動いていたんだ」
「え…」
「サブスクなんて関係ない、継続課金なんていらない。私もあなたのことが好きなの」
驚く僕をまっすぐ見ながら、彼女は男前に言い放った。
「結婚しよう!」
「ただいま」
仕事が終わって家に帰ると、妻が待っている。
「お帰り、今日は早かったね」
髪をショートに切った彼女は、相変わらず可愛い。サブスクのサービスは解約して、僕と彼女は正式に結婚した。
仕事で疲れても、帰ってくれば彼女が待っている。美味しい料理も作ってくれる。まさに幸せな家庭だ。
サブスクでの関係に苦しんでいた頃とは全然違う。
彼女はいつも素敵だったし、僕を好きでいてくれたのに、継続的に課金する関係であることだけが僕を苦しめていた。
そこから解放されて、彼女と一緒になれたことが本当に嬉しい。
「あ、そうだ、今月分…」
「ああ、そうだね」
そうそう、彼女は専業主婦だが、財布は別にして、家計は僕が生活費を家に入れる形にしている。
毎月25万円。継続的に一定額を彼女に渡して……あれ?
(了)