ショートショート「○○の魔神」(読了時間3分)
僕が居間にあるツボを開けると、中から魔神が出てきた。
「わはははは、貴様の願いを一つだけ叶えてやろう!さあ、願い事を言……」
魔神が最後まで台詞を言い終わる前に、僕はツボのフタを閉めた。そして、大きなため息をつく。もったいないと思われるだろうか。
確かに普通の人ならば、願いを叶えてもらいたいと思うだろう。しかし、僕の場合は事情が違うのだ。
ああ、本当にやってられない。
僕は気を紛らわせるために酒を戸棚から出した。
ポンっといい音がして、コルクが抜ける。
「わはははは、貴様の願いを一つだけ叶えてやろう!さあ、願……」
僕はコルクをビンに戻した。本当に嫌になる。
僕が何かを開けるたびに常に魔神が出てきて、願いを叶えようと言うのだ。
最初は骨董品のランプを開けた時だった。驚いたあと、本物だと分かって飛び跳ねて喜んだ。願い事は確か、大金をもらう事だったと思う。
二回目も僕は喜んだ。願い事で、絶世の美女を妻にした。
その後も魔神が出てくるたびに、僕は色々な願い事をしていった。
しかし、最初は1ヶ月に一度出てくるぐらいだった魔神は、半月に一度、一週間に一度と、だんだん出てくる回数が増えていった。
徐々にありがたみは失せていき、逆に面倒になってくる。それにも関わらず、今では何かを開ける度に出てくるのだから、たまったもんじゃない。
願い事を重ねて、欲しいものはすでに全て手に入れている。もう必要ないのだ。いやむしろ、邪魔だとしか言いようが無い。
以前コンビニで買い物をしようとして小銭入れを開けたとき魔神が出てきて、パニックになった事もある。
先ほどのように、酒のビンから出てくる事もある。別に酒は問題なく飲めるのだが、魔神が入っていた酒を飲みたいと思うだろうか?
僕にとって、魔神はもう悩みのタネでしかないのだ。
もういい。気分転換に散歩にでも行くとしよう。
僕はそう思って玄関に行き、靴箱を開ける。
「わは……」
即座に閉める。何度も魔神がでてきて慣れているとは言っても、やはり頭に来る。
『いい加減にしろ!』
そう叫ぼうとしたが、実際に出たのはモゴモゴという音だけだった。口を開けた瞬間、今度は口からも、拳ぐらいの大きさの魔神が現れたのだ。
「わはははは!」
僕の怒りは、ついに頂点に達した。口から出てきた魔神を引っこ抜き、床に叩きつけ、家の中に戻る。
「おい、魔神ども! 出てきやがれ!」
僕は家中を走り回り、開けられるものを全て開けた。
洗濯機も、トイレのドアも、タンスも、猫のエサの缶詰も。
すると、全てのものから魔神が出てきた。いや、出てきたと言うより溢れてきたと言った方が近いだろう。
「わはははは、貴様の願いを一つだけ叶えてやろう!」
「わはははは!」「わはははは!」「わはははは!」
「わはははは!」「わはははは!」「わはははは!」
それはもう、地鳴りのような声で数百人の魔神が笑う。
「いいか、魔神たち! 最後の願いを言おう!」
僕は、魔神たちの笑い声にかき消されない様に叫んだ。
「もう帰れ! 二度と出てこないでくれ!」
いつも通り、願いは叶った。でも、僕はすぐに後悔した。ああ、なんで「消えてくれ」とか言わなかったんだろう、と。
僕の願いを聞いた魔神たちは一瞬顔を見合わせ、それぞれの場所に戻っていった。
ある者はツボへ。またある者はタンスへ。洗濯機へ、酒のビンへ、猫の缶詰へ。それから願い通り、二度と出てこなかったのだ。
そうして、僕は死んだ。
なぜかって? そりゃあ、口から出た魔神が帰って来たからだ。
その魔神は喉の奥で僕の呼吸を止め、もちろん願い通り、二度と出てこなかった。
(了)
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