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サラリー年平均(APY)に騙されない!【NFLサラリー談義#2】

前回の記事に予想外に反響があったので、調子に乗ってサラリー関連の記事を続けます(長いし難しい話だったのに、ツイートが200Likeとかされてビビりました)。幸いサラリーのネタはいくらでもあるし、NFL研究論文の紹介シリーズはちょっとお休みします。
今回は、新しい長期契約が出るたびに自分が常々感じている「サラリー年平均(APY)ばかり語られすぎじゃない?」と言う疑問について書いてみます。

「APY = サラリーの多さ = 選手の評価」とされる風潮

新規に大型契約が結ばれると、必ずと言っていいほど同ポジションの他の選手とのサラリーの比較が行われますよね。その際によく使われる指標の「サラリー年平均(Average per year salary, 以下APY)」が今日のテーマです。
(注: AAV(average annual value)と表記されることもあります)
先日のDeebo Samuel (SF)の契約更改時も、以下のように早速出ていました。

サラリー=評価という価値観のアメリカで、そのサラリーを代表して比較に使われる指標がAPY。そのため「APY ≒ 選手の評価」という構図は既に普及しているように思います。上のツイートを見て、「Hill>Adams>Hopkins>Kupp…」をそのままWRの実力順として理解する人もいるでしょうし、「HillがAdamsより高いのはおかしい!」みたいな論争を始めたがる方もいると思います。

APYって、そんなに良い指標?

しかし一方で、NFLはMLBやNBAと異なり、ほとんどの選手の年俸は全額保証ではありません(保証額に関しては前回の記事参照)。それどころか選手によっては契約時の保証額が総額の2割以下なんてことも(例: Patrick Mahomesの10年$450Mの契約は、契約時点で$63M(14%)のみ保証)。

長期契約を結んだ時点での総額・APYはあくまで「その選手が契約を全うした」と仮定した場合の値でしかありません。途中で選手をリリースすれば、実際に支払った総額, 年数, APYは全て変わります。そして、5年以上の長期契約が途中で破棄された割合はなんと86%(2011〜2015の契約)というデータもあります。
そこで今回は、

「APYだけを見て年俸の高い/安いを判断すること
APYの値を見て選手を評価すること」

の問題点について語りたいと思います。

APYの問題点1: 契約期間が違うものを比べている

個人的に思うAPYの問題の1つが「違う契約期間」の平均を取っていることです。

例えば、2005年に結ばれたTom Bradyの4年$48Mの契約を見て、「APY$12M/年は安すぎる!Murrayなんて$46M/年なのに!」っていう人は流石にいませんよね。
これなら分かるのに、現役選手の契約を比べる際は、一昨年と去年と今年結ばれた契約を比べる時は同じものとして計算してしまいます。ここが第一の問題点です。

(1) Kyler Murrayは高くない(再掲)

契約年が違うものに限らず、「今年オフに結ばれた契約なら単純に比較していいのか?」というと、そう単純ではありません。今年オフに結ばれた契約でも、実際にその契約が開始するのは2022、2023、2024、どれもあり得るからです。

良い例として、今年結ばれたKyler Murray(ARI)とDeshaun Watson(CLE)の契約を挙げます。以下のツイートのように、5年$230M (APY $46M/年)で並んで「高い!」と言われがちですね。しかし、フル保証の有無を除いても、こうして$46M/yで同じと扱うのは非常にmisleadingで、個人的には「Watsonは高い、Murrayの金額は普通」と思っています(この前の記事から、SFファンなのにARIをなぜ擁護してるのか意味不明ですが)

というのも、両者とも今年のオフに結んだ5年$230Mの契約でありながら、

というように契約期間が2年ずれているんですね。

NFLでは、2年あればサラリーキャップは10%は増えます(どころか、TV放映の新契約の影響で、今後2年に限れば25%増えると言われています)。APYで単純に比較すると同じに見えますが、実際のキャップスペースに占める割合では、Watson>>Murrayとなる可能性が高いわけです。

また、Murrayの場合延長前の残っている2年(2022に$11.4M, 2023に$29.7M)はルーキー契約と5年目オプションなので、サラリーが低めです。今回の延長分と合算して、ARIが今後7年でMurrayと結んでいる契約を合算すると7年271.6M (APY $38.8M/年)となります。
5年$230Mと全然印象が違いますよね。マレーの契約を批判する時に
「Mahomes, Allenより年平均が高いのはおかしい!」というのはずれています。宿題を義務付けられるようなQBと大型契約なんておかしい」みたいな批判は正当だと思いますが

(2) 上位QB勢の契約期間は全然違う

実際にどれくらい契約年度が違うかの参考として、APY$40M/年以上のQB勢を表にしてみました。

2022年現在でAPY$40M/年以上のの契約の開始〜終了年度の比較

このように、よくあるQBのAPYの比較では、誰一人として同じ契約期間の選手がいないのに比べているわけです。
APY上位2人は、一番遅い2024年度開始分で、サラリーキャップの増加傾向と合っていますね。また、Carr, Prescott,StaffordはAPY$40M/年で並んで同じに見えますが、実際は開始年が2年違うため、(サラリーキャップ増大傾向の現在では)Prescottはベテラン二人より遥かに高給と言えます。

もちろん、年平均で$5Mとか$10Mとか離れていたらおそらく順番はひっくり返らないので、APYを年俸の大まかな目安として使うのは全然間違っていません。ただ、APYが近い選手を比べる際には、契約年数/開始年にも注意したいです。

APYの問題点2: 契約構造の違いが考慮されていない

もう1つの大きな問題点は、契約の構造(期間中、どの年にどれだけ給料が出るか)が選手によって全然違うことです。

(1) 5年$100M、どうやって5年間を分配する?

例えばAmari Cooper(DAL→CLE)の5年$100M(うちSigning Bonus $10M)の契約を見てみましょう。NFLでは非常に珍しく、以下のように5年間非常に均等に、毎年$20Mずつ受け取る配分の契約を結んでいました。(Base salaryとSigning Bonusについては前回の記事の途中で軽く解説しています)

ただ、通常はこのように5年続くとは限りません。極端に言えば次のような超チームフレンドリーな奴隷契約でも同じ5年$100M(Signing Bonus $10M)です。Base Salary$90Mのうち、最初の4年は最低年俸($1M程度)ずつにして、最後の1年に全て$86Mを集中しています。

なぜこれがチームフレンドリーかというと、4年目終わった時にリリースすれば5年目のBase Salaryを支払わなくて良いからです。終わってみれば4年間選手を使って
$100M(総額)-$86M(5年目のBase Salary)=$14M
しか払わなくていいわけです。$20M/年だったはずのAPYが実際にはなんと$3.5M/年

(2) APY詐欺の疑いのTyreek Hill容疑者

流石に上は極端な話に見えるかもしれません(実際上手の後者は細かいルール的にはアウトだし、そもそも選手がサインするわけない)が、ここまでではなくとも実はAPY詐欺的な契約はいくつかあります

APY詐欺を働いた容疑者の例として、現在WRでのポジション最高額、今年KCからMIAにトレードされ、4年$120M(APY $30M/y, 2023-2026)の延長に合意したTyreek Hillを見てみましょう。


【補足: Roster Bonusとは?】
 基本的にBase Salaryと同じだと思って大丈夫です。Base Salaryがシーズン18週に分けて支払われるのに対し、Roster Bonusは特定の日(年度の最初の3月が多い)に一括支給されます。ボーナスですがSigning Bonusとは違って、キャップ計上は支払った年に一括です。


図から明らかなように最後の1年が突出して高いですね。仮にこのまま行けば、2026年はなんと$50Mのキャップヒットで、(QB以外では)考えられない額です。
Hillをラスト1年を残してカットした場合を計算してみると、3年間で$120M中支払うのは$75Mだけなので、APY$25M/年となります。
現地のアナリストを見ても(大体の人は$30Mという詐欺に引っかかってますが)以下ツイートのOver The Capの創設者のように「実際には$25M/年だよ」と指摘している方もいました。

一方で、「なぜこのような契約形式が生まれるのか?」という疑問があると思います。選手側のメリットとして自分が唯一思いつくのは

「APYを(見かけ上)引き上げることで、選手としての評価が高くなる」

ことです。「APY = 選手の評価」という基準が普及した結果、契約に工夫を加えて「ポジション最高額選手」という肩書きを得ることに価値が生まれていると考えられます。ちょっと本末転倒な気もしますね。
(ちなみに、HIllほどではなくてもWRの上位陣はこのような契約形式が非常に多く(2位のAdamsもそう)、ポジション最高額を巡る争いが繰り広げられています)

まとめると、サラリーが長期契約の前半/後半にどう分配されているかというのもかなり重要なファクターで、年平均を取るだけで単純には語れないという結論でした。新しい契約が「高いな」「低いな」と感じたときは、Spotrac, Over The Capなどのサイトで契約の詳細を見てみると意外と裏があったりするします(個人的にはSpotracの方が好き)。

APYの代わりに何を使えば正しく評価できる?

以上のように、APYだけを見て判断すると本質を見誤ることもあるというのをご理解いただけたと思います。最後に、もう少し上級者向けの話ですが、「APYに代わる良い指標はないのか?」という疑問に対する答えも2つ紹介したいと思います。

(1) 別の年の契約を比べるならAdjusted APY

特に問題点1の「契約期間が違う」を補正するための方法として、

Adjusted APY = 年平均がサラリーキャップ全体に占める割合(%)

という指標があります。

例えば今年のAaron Rodgersは3年$150Mで延長しましたが、年平均$50Mに対して現在のサラリーキャップ総額が$208Mなので、補正すると
Adjusted APY = (50M÷208M)×100 = 24.2%
とが計算できます。「サラリーキャップの何%をその選手に割くか」というイメージですね。

これを使って、$40M/年以上のQB陣のAdjusted APYを計算してみると次表になります。先ほど述べた、「CarrとStaffordよりDakの方がずっと高い」みたいな話がはっきり明示されて、違う年の契約を比較する場合にはAPYより良い指標と言えると思います。

ただ、これに関してもあくまで「契約締結年の」サラリーキャップであり、本来必要な契約開始年のサラリーキャップではありません(問題点1(1)で述べた、MurrayとWatsonの開始2年ずれの区別とかは無理です)。そこを考慮しようとすると、2024年のサラリーキャップが必要になって無理になってしまいます。どうしても限界はありますね。

(2) PFFが開発した「Expected contract value」が面白い

一方で、契約構造の違いを考慮する手法として、「Expected contract value (契約総額期待値)」という指標が最近PFFの記事に出ていました。

有料記事の内容なので無料でも読める範囲の紹介に留めますが、2013〜2021の全ての複数年契約(終了済のもの, ルーキー契約は除く1300件)に対して、機械学習を使って次のような要素が「それぞれの年に選手がその契約でプレーする確率(リリースされない確率)」に与える影響を分析しました。

総額, APY, フル保証額, サラリーキャップ, 契約サイン時の年齢, ドラフト順位, ポジション, 契約のタイプ, 契約を新チームと結んだか, 最終2年のデッドマネー額, etc

こうして作ったモデルをこれから始まる契約に当てはめると、契約がどこまで続くかの確率を算出できます。例えば次のJ.C.Jackson(LAC)の5年$82.5Mの契約だと、次のように3年目まではほぼ確実にプレー、4年目は35%、5年目は5%という結果が出ました。

これを使って、5年$82.5Mのうち、プレーする年数と実際に受け取る金額の期待値を計算すると、
Expected contract value: $56.8M (この額を実際には受け取る見込み)
Expected years: 3.36年 (3〜4年プレーすると期待される)
Expected APY: $16.9M/年 (APY額の予想)

と計算できます。これを使えば「APY詐欺」的な契約については、最終年の突出した部分などはリリース確率が高いと算出されるはずなので、実質的なAPYに近づいた値が計算できるでしょう。

こちらは最近できたもので、あくまで「予想」でしかありません。しかし、このモデルを使った予想の正誤がいずれ次々と明らかになるので、そこの的中度が非常に高いようなら、一般的に普及して使われる指標になるかもしれません。今後に期待ですね。

まとめ

  • NFLの長期契約は開始年と契約構造が違うので純粋に比較するのは本来不可能

  • APY(サラリー年平均)は比較の「目安」にはなるが、印象操作も可能

  • 年平均だけ見て「高すぎる/安すぎる!」と思った時は、ニュースから数日後に契約の詳細が出た頃に「Spotrac 選手名」「Over The Cap 選手名とかで検索してみよう

参考資料


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