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Aaron Rodgersのトレードの鍵〜オプションボーナスという名のリボ払い (後編)【NFLサラリー談義#6-2】

前編では、ロジャースの契約がplayer-friendlyだという話をしました。後編ではこれが実際のトレードの成立しやすさ、対価にどう影響するかを見てゆきます。

トレードとFAの違い(取る側目線)

そもそもですが、NFLでトップ選手を補強する場合、大きく分けてドラフト、FA、トレードの3つの方法があります。
このうち、サラリー的にはドラフトが最も安上がりですが、選手の実力が不明、育つのに時間がかかる(特にQB)という不確定性があり、確実な実力を求めるならFAかトレードです。FAと比較するとトレードには大きく分けて以下の2つの利点があり、ドラフト指名権という対価を支払う代わりに、ローリスクハイリターンの補強が行えるという特徴があります。

トレードの利点1. FA市場に出てこない貴重な選手が取れる

特に、QB、LT、WR、Edgeなどいわゆる「プレミアムポジション」のトップ選手はよほどの理由(年齢、スキャンダル、ノートレード条項、etc)がないと市場に出てきません今年のPFFのFAランキングを見ても、上位のほとんどはFA市場に出る前に契約更新 or フランチャイズタグです(WRのトップがJakobi Meyers)。
それに対し、トレードに関しては移籍元チームの方針、サラリー状況などの関係で本当にトップ選手も対象になり得ます(ハイリターン)。

トレードの利点2: サラリーがFAより安く済む(保証額も少ない)

選手のサラリーのうち、Signing Bonus(契約時に一括支払い)の部分は元チームが既に支払い済みで、引き継ぐのはトレード以降に支払うBase Salary(とボーナス)のみとなります。また、引き継ぐサラリーの多くはフル保証されていないため、仮にその選手を後にカットしたくなった場合でもデッドマネーは少なく済みます。
例として、49ersが昨年獲得したRB、Christian McCaffreyを挙げますが、保証されていた部分はパンサーズでほぼ消化されていて、今後どのタイミングでカットしてもデッドマネーはゼロ、全体でも3.5年で総額$37Mとリーズナブルな契約になっています。

最近のQBトレードの例: 対価はどう決まる?

最近のQBのトレードの例を見ても、上記の「利点2」の大きさを感じさせられます。
Russell Wilson (SEA→DEN): トレード時点で33歳、残り契約は2022-2023の2年$51M ($25.5M/年)、 この期間カットしてもデッドマネーなし
 → 対価は1巡2つ、2巡2つ、選手、下位指名権スワップ
Matthew Stafford (DET→LAR): トレード時点で33歳、残り契約は2021-2022の2年$43M ($21.5M/年)、 この期間カットしてもデッドマネーなし
 → 対価は1巡2つ、3巡、Jared Goff
Deshaun Watson (HOU→CLE): トレード時点で26歳、残り契約は2022-2025の4年$136M ($34M/年)、2024以降ならカットしてもデッドマネーなし
 → 対価は1巡3つ、3巡、4巡2つ
Matt Ryan (ATL→IND): トレード時点で36歳、残り契約は2022-2023の2年$54M ($27M/年)、1年後カットでデッドマネー$12Mあり
 → 対価は3巡1つ

このように、残りの契約と年齢が、対価を決める大きなファクターになっているように見えないでしょうか?旧契約を長期間引き継げて、なおかつ本人が若いWatsonのトレードにチームが殺到した理由が分かると思います。結局Brownsは完全な新契約を結んでしまったのでその点は台無しですが。
Lamar Jacksonの非独占フランチャイズタグorトレードを通じての獲得にWatsonほど声が上がらないのも、実力やプレイスタイルのためだと思っている人も多いと思いますが、この「残存契約」の問題も大きいと私は思います。Lamarはフランチャイズタグ(1年フル保証、新契約結んだら破棄)なので、「残っている安い契約を活かせる」という旨味がありません。

ロジャースの場合は?

この「引き継ぐ契約」という観点に立つと、ロジャースの契約はかなり悪いです。トレードが成立した場合、引き継いだ残りの4年間は次のようになります。

2024年3月に橙部分がフル保証

パッカーズが既に払ったのは契約金のみで、2つのオプションボーナスはそのままトレード先チームに引き継がれます。残っている保証金額が大きく、年齢的にいつ引退するかも分からないということで
問題点1: 大量デッドマネーのリスク
問題点2: 高すぎる保証額
問題点3: ラスト2年はほぼ無意味
という前編で述べた問題点はそのまま引き継がれることになります。

細かいケースは省略して、引退するタイミング別で考えると、
2023年のみプレーして1年後に引退した場合:デッドマネーは$44M発生し、NYJは実質的に1年$59.5Mの契約でロジャースを雇ったことに
2024年までプレーして2年後に引退した場合:デッドマネーは$60M発生し、NYJは実質的に2年$109M ($54.5M/年)の契約でロジャースを雇ったことに

このように、トレードで得るQBなのに、サラリーはおそらくQB最高額超え、デッドマネーも大量に発生して後処理が大変、長期のQB問題解決にもならない、さらに対価まで取られる…と考えるとあまり旨味がありません
(もちろん、2025以降もこの契約のままでプレーしてくれれば徐々にお得になりますが、前編で述べたようにサラリーが下がるため賃上げを要求or引退の可能性が高いです)

この背景のために、トレードは成立しないだろう、仮に成立しても最近のWilson、Stafford、WatsonなどのQBのトレードと比べて対価が低くなるのは当然だろうと考えられていました(詳しくは下のリンクの記事)。可能性としてよく挙げられていたのは、「2024年にロジャースがプレーしたら1巡になる2025年の2巡が対価」「2024年にロジャースがプレーしなかったらGBからNYJに2025年のピックが戻る仕組み」などの、引退タイミング次第で対価が変動する条件付きの対価です。

トレード結果:あっさり決まる

ところが、蓋を開けてみると…

  • ドラフト前にトレード決定

  • 対価は実質2023の2巡+2024の1巡(条件は付いたが、今年のスナップ数65%という緩い条件のみで2024以降のプレーは関係なし)

  • GBの追加サラリー負担なし

という、GB的にはこの上ない内容で決まりました。予想外だったのは、NYJがロジャースの獲得を熱望してハードな契約を意に介さなかったこと(GMではなくオーナーがプッシュしたのも効いたと思われます)、そしてロジャースもNYJでのプレーを希望したことです。

元々のロジャースの契約の問題点は一言で言えば「契約を途中で離脱する決定権がチーム側にない」ことでした。
(1) 獲得したいチームが現れない
(2) ロジャースがパッカーズでプレーを続けたいと願う
このどちらかが起これば、ロジャースをキープする以外に選択肢はほぼなかったわけです。

ここは素直に認めたいのですが、リーグの内部事情を知らない記者やファンと違って、パッカーズのグートクンストGM的には「ロジャースは必要なら他チームへの移籍を受け入れる」「契約の問題があっても、ロジャースを獲得したいチームは必ず現れる」という確信があったのでしょう。結果的にこの考えが正しく、大きいと考えられていた2つのリスクはいずれも回避されました。

オプションボーナスが果たした役割

このように考えると、一見ネックに見えたオプションボーナスも、2022年がダメならトレード放出が可能なように設定していたというGMの意図が見えてきます。

工夫1: オプションボーナスの支払い期日を遅らせた

オプションボーナスは通常、新年度リーグ開始直後に期日が設定されます(例: Russell Wilsonの今年分$20Mは3/15-3/19が期間)が、ロジャースの場合は例外的にパッカーズのWeek1(9月)が2023年の$58Mを支払う期限です。

NFLでは支払ったサラリーは基本返って来ないため、これを払ってしまうとトレードは不可能(デッドマネーが$99Mに戻る)。実質的に、オプションボーナスの支払い期日がトレード期限となります。これを遅らせることで、「最長で9月までトレードを引き延ばせる」と言う状況を作りました。

工夫2: オプションボーナスを導入することで、支払う前からキャップヒットを減らした

さらに難しい話(飛ばしても大丈夫)ですが、オプションボーナスを設定するメリットの1つに、「オプションは行使するものと仮定して将来のキャップヒットを計算する」というものがあります。
つまり、まだオプションが行使されていない(ボーナスが支払われていない)状況でも、2023へのキャップヒットは$58.3Mではなく、分割した$14.6Mのみだとして計算します。「まだ今年のサラリーは支払っていないけど、2024以降へのキャップヒット先送りは完了」ということが可能になったわけです。この結果、「新年度が始まるタイミングにはサラリー収支をプラスにする」というルールに悩まされることなく、新年度開始までロジャースをサラリー未払いの状態でキープできました。
もし通常の契約のように、2023年のロジャースのBase Salaryを$60Mに設定し、必要なら契約再構築でキャップヒットを下げる…という方法を取っていたらそうはいきません。この場合は再構築する前の2023年のキャップヒットが$73Mで、3/15までに幾らかの再構築(そのタイミングで一括支払い)が必須になります。この分はその後のトレードでNYJに負担させることも、払い戻すこともできません。

「早くトレードを決めたいのはNYJ側」という状況に持ち込んだ

これらの工夫は、いずれも引退対策(2023年のサラリーを支払った後で引退されるのを防ぐ)だったかもしれませんが、トレードを画策した場合でも大きな役割を果たします。これがなかったら、サラリー的な理由でGBにとってのトレード期限は3月になっていました。この場合、そこまで急ぐ必要がないトレード先チームからは足元を見られます(他の例: 今年2/15という早い時期がサラリー保証期限だったDerek Carrのトレードは決まらず、結局リリースした後にSaintsがFAで獲得してLVは対価を得られなかった)。

ところがオプションボーナスを設定したことで、パッカーズのトレード期限は9月に延びました。キャップの先送りも済んでいて、補強のために早く動かしたいということもない状態(むしろ、6/1以降の方がデッドマネーを2年に分割できて助かるとアピールできるくらい)。逆にトレード先チームのNYJとしては、「チームのトレーニングが始まる前にはトレードを決めたい」「補強も考えてドラフト前に決めたい」というモチベーションがあります。
その結果パッカーズが交渉のイニシアチブを握った(は言い過ぎでも、少なくともNYJに足元を見られることはなかった)ため、対価や条件が事前に予想されていた相場よりもパッカーズにとって遥かに有利になったのだと考えられます。
(もっとも、NYJがトレードから撤退したらロジャースを残すしかなくなって非常に困るので、なかなかのチキンレースです。これについても、GBのGM的にはNYJが絶対撤退しないという確信があったのかもしれませんが)

https://overthecap.com/jets-and-packers-agree-on-trade-for-aaron-rodgers より。
チキンレースに勝った(won the game of chicken)と評されています

まとめ

GMの狙い通りなのか、結果的に上手くいっただけなのか。
分かるはずもありませんが、いずれにせよGB側の視点で言えば、前編で述べた契約の問題から考えられる限り最もデッドマネーが少ない形で決着しました。対価についても、ロジャースの2024年以降の去就と関係なく、「今年65%のスナップをプレーする」という非常に緩い条件で2024年の1巡指名権が手に入ることになります。個人的にはトレードの勝ち負けという考え方はナンセンスだと思う(特に今回の場合、GBとNYJは地区もカンファレンスも違い競争相手でも何でもないため)のですが、PackersのグートクンストGMとしては、少なくとも自ら作った「ロジャースの大型契約延長」の抱えるリスクには勝利したと言えます。

そして、それぞれのチームにとってこのトレードが成功だったか決まるのは今後次第です。ロジャースが長くプレーする/SBを獲得するようならNYJにとっては成功ですし、Jordan Loveの活躍や今回得た指名権によって再建が早く進めばGBにとっては成功です。
Allen Lazard(WR)やNathaniel Hackett(OC)まで取って、しかもあの契約(トレード後に見直すって噂もありますが)。個人的には「NYJは何考えているんだ」と今は思っていますが、これもNYJのGMにとっては何か確信があっての動きで、また掌を返すことになるのかもしれません。2023年の両チーム、そしてロジャースの活躍に注目したいと思います。

追記(4/30)

トレードにあたって、ロジャースはGBと契約を見直し(2023年を$1M、2024年を約$108M(!))してからトレードすることになりました。これは先日のMichael Thomasの契約見直し(前回の記事参照)と似ていて、トレードをしやすくするための工夫です。
ただ、このままだと今年ロジャースに振り込まれる金額は$1Mとなり、来年に巨額のサラリーが残っているとはいえ流石にあり得ないので、おそらく近々NYJと新契約的なものを結ぶと思われます。

参考資料

1. ロジャースのトレード対価についての考察 (CBS, by Joel Corry)

2. 決定したトレードについての考察 (Over the Cap, by Jason Fitzgerald)

3. たーくんさんのnote


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