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他のスポーツの経験はQBに必須?〜NFLでのマルチスポーツ出身アスリートの活躍を追う【NFLリサーチ紹介#6】

49ersがまさかの3連敗したせいでしばらく記事が出せませんでした。Week9の分(SaintsがBearsに勝利、49ersはBYE WEEKでしたが、怪我人が治り同地区が全敗と、実質勝ちみたいなもの)を書きます。
ここ数回はサラリーの話でしたが、お金の話ばかりしていてもあれなので今週はリサーチの話を書きます。テーマは以前ツイートでも軽くは紹介したのですが、Kyler Murrayの復活記念に『マルチスポーツの経験者はNFLで有利なのか?』についての研究が2つあるので紹介してみます。
サムネは今回もbing AIで作りました。Cardinalsのロゴが野球の方だとか、Colorado Stateこんなヘルメットじゃないとかそういう文句はAIに言ってください。


1. Kyler Murrayが復活!

昨年のACLの故障から復活し、Week10でNOの地区単独首位を守ったATLを破ったARIのKyler Murray。故障で最大の武器であるmobilityがどうなるのか’?という点が注目でしたが、4Q最後のプレーを見た感じ問題なさそう。

SFと同地区ですが、元々過小評価が酷いなぁと思っているQBで、個人的には応援している選手です。ルーキー契約中にORoYとプロボウル2回を残念なGMとHCの下で取ってるのに、1回プレーオフで酷い負け方をしてフィルムをあまり見ないって話が出たくらいでバスト扱いされるのは流石に可哀想です。

2. 野球はQBの必須条件?

さて、Murrayといえばドラフト時に話題になったのが、MLBとNFLの両方でドラフト1巡目指名された史上初の選手という話です。

2018年6月:2018年MLBドラフトで、今週移転が決まったOakland Athleticsから外野手として1巡9位
2018年9月〜:先発QBとして活躍、ハイズマン賞受賞
2019年4月:2019年NFLドラフトで、Arizona Cardinalsから1巡1位で指名

というなんとも輝かしい経歴。

ただ、Murrayのように両方でドラフト1巡目指名こそ他にいないですが、「野球もやっていたNFL選手」自体は全然珍しくありません。 古くにはBo Jackson、最近だとPatrick Mahomes (KC)、Russell Wilson(DEN)、Tom Brady (元NE, TB)あたりは有名かなと思いますが、実は野球経験のあるQBだけで全ポジション集まるそうです(昔のツイートでなぜか調べてた)。キャパニックとブレイディのバッテリー、息合わなさそう。

BradyとMahomesと聞くと、「野球をやることでアメフトにも好影響が出るのかも?」という仮説を立てたくなりますよね。実際Mahomesのプレーとか見ていると、体重移動、走りながら投げる技術、サイド気味のスローなど、明らかに野球のショートの動きが出ている気がします。

3. マルチスポーツの利点は既に確立

CMCもこのように言っていますが、実はマルチスポーツの利点(というより、若年期に1つのスポーツに絞ることのリスク)というのはアカデミアで既にかなり研究されていて、
若年期に1つのスポーツに絞ると筋肉の酷使による怪我、燃え尽き症候群を誘発するリスクが高くなる
という点は多くの研究で一致しています。現在では複数のスポーツ医学系の学会が「1つのスポーツへの専念を強要しない」ように勧告しているくらいです。

細かい研究は近年さらに進んでいて、抜粋すると…

  • スポーツ全般:1つに絞った方がジュニア期は活躍できるが、マルチスポーツの経験者の方が大人になってからは活躍しやすい (Barth, 2022)。ただ、1つのスポーツに専念した方が大学の奨学金などを得やすく有利という考えが普及しており、選手はしばしば1つに専念するよう指導される(Bell, 2017)。

  • MLB:約半分のMLB選手(特にアメリカ以外出身の選手)は若年期にスポーツを野球のみに絞る(Ciccotti, 2020)傾向があるが、高校入学以前に野球のみに絞ると重めの怪我をする確率が増え(Deitch, 2017)、特に利き手の上肢の怪我率が増え、通算のMLBでの出場試合数も低くなる(Lynch, 2019)。

  • NBA:バスケットボールのみをやっていた選手は試合出場率が低く、大きな怪我を負う確率もマルチスポーツ出身選手に比べて高い (Pandya, 2017)

という感じで、やはり怪我リスクの違いは多くの論文で指摘されています。(日本と違って体育とかも少ないので、さらに集中してしまいそう)

そんな中、NFLのマルチスポーツアスリートに関する学術研究は比較的少なく、(把握している限り)現在まだ2つのみです。今回の記事ではその2つを紹介したいと思います。

4. 論文その1:NFLの1巡指名のほとんどはマルチスポーツアスリート

1つ目は、ポジションは関係なく、NFLの2008-2017年の1巡選手をマルチスポーツとシングルスポーツ経験者に分けて怪我や活躍を研究した2021年の論文です。

"The prevalence of high school multi-sport participation in elite national football league athletes (NFLのエリート選手は高校での複数スポーツ経験者が席巻)", Steinl, G. K.; Padaki, A. S.; Irvine, J. N.; Popkin, C. A.; Ahmad, C. S.; Lynch, T.S. The Physician and Sportsmedicine, 2021, 49, 476.

4.1. 研究手法と結果

  • 2008-2017の1巡指名選手318名について、高校でのスポーツ経験とプロでの活躍、怪我歴を調べた。

  • 88%に当たる280名がマルチスポーツ、残り38名がアメフトのみだった

  • NFLの通算出場試合数、怪我による欠場数、プロボウル選出数を比べると、マルチスポーツ/シングルスポーツ間で有意差は見られなかった

  • シングルスポーツの方が体重が15ポンド程度重いという結果があったが、これはシングルスポーツ経験者の方がラインマンの割合が高いことの影響で本質的ではないと考えられる。

4.2. 著者の考察

  • プロでの活躍自体には差がなかったが、1巡指名選手の88%をマルチスポーツ経験者が占めるというのは興味深く、他のスポーツを通じて得た能力や器用さがエリート選手に成長するのを助けているのだろう(他の研究結果とも一致)。

  • MLBやNBAの結果と異なり、怪我に関しても有意差がなかったが、これはNFLの怪我が外傷性(traumatic)のものが多いことが影響していると考えられる (i.e. 筋肉の使いすぎなどによるものは少ない)。例えば上肢の怪我では、骨折や脱臼がNFLでは一番多いのに対し、酷使による靭帯の怪我が野球では一番多い。

4.3. 感想

面白い&新しい研究ですが、データがかなりマルチスポーツに偏っていること、全ポジションを一色単に取り扱っているため限界が多めに思えます。共通のスタッツがないためプロボウル選出数を活躍の目安にしていますが、選出されやすさもポジションによって違いますし。また、NFLだと分業がかなり大きく、ポジションによって使う筋肉や動きもかなり異なる(1巡に絞ったことで、ST専門やパンター、キッカーは除けていそうだが)のも影響がありそうです(下はQBからTEに移って増量した例)。

5. 論文その2:QBではマルチスポーツアスリートの方が好成績

では、ポジション別にするとどうなのか?
2つ目は、ポジションをQBに絞ってNFLの1995-2020年の全QBをマルチスポーツとシングルスポーツ経験者に分けてパフォーマンスを研究した2022年の論文です。

"National Football League (NFL) quarterbacks who were multisport high school athletes have better in-season performance statistics and career success (NFLのQBで好成績を残すのは高校での複数スポーツ経験者)" Allahabadi, S.; Gatto, A. P.; Kopardekar, A.; Davies, M. R.; Pandya, N. K. The Physician and Sportsmedicine, 2022, 51, 320.

5.1. 研究手法と結果

  • 1995年から2020年に403名のQBを、高校でのスポーツ経験で分類した。403人中223人(55%)がマルチスポーツ、180人(45%)がシングルスポーツ出身だった。

  • 以下のように、マルチスポーツ経験のあるQBの方が長いキャリアを残した。

    • キャリアの長さ:平均6.8年 (vs 5.1年)

    • 試合数:平均61.5試合 (vs 41.7試合)

  • さらに、8試合(レギュラーシーズンの半分)以上出場したQB(298人、うち178人(80%)がマルチスポーツ出身)に限定して、活躍度合(レギュラーシーズンとポストシーズンのパスヤード、TD数、パス成功率、INT数、ランヤード、QBレーティング、プレーオフ出場数、プロボウル、MVP、スーパーボウル制覇数)を調べた。

  • 以下のように、マルチスポーツ経験のあるQBの方が総じて良い成績を残した(すべて有意な差)。

    • 試合あたりのTD数:平均0.87 (vs 0.67)

    • 試合あたりのパスヤード:平均153ヤード (vs 139ヤード)

    • QBレーティング:76.2 (vs 74.4)

    • プレーオフ出場数 年平均0.60試合 (vs 0.52試合)

    • プロボウル選出数 平均0.96回 (vs 0.29回)

    • MVP選出数 平均0.094回 (vs 0.017回)

    • スーパーボウル出場数 平均0.26回 (vs 0.11回)

5.2. 著者の考察

  • 先行研究 (4. の研究)の「1巡指名全体の88%がマルチスポーツ」という結果に比べて、QBでは複数スポーツ経験者の割合が低い(55%)。1人しかいないポジションで、特殊なスキルが求められるため早期からアメフトに集中する選手が比較的多いのだろう。

  • プレーオフでのパフォーマンスには相関は少なかったが、これは試合数の少なさや、「プレーオフに出られるレベルのQBの間ではスポーツ経験の差異は少ない」ということが考えられる。

5.3. 感想

プレーオフの結果についてはこの期間だとTom Bradyがデータを歪めている気がしなくもないので参考程度だと感じますが、MLBやNBAの研究結果とも一致するので確かにQBに関しては「マルチスポーツが有利」だと言えそうです。
著者は書いていませんでしたが、アメフトで圧倒的に一番ボールを投げるポジションなので、その点で野球やバスケなど他のスポーツとも共通点が多く、他のスポーツで得たスキルが活かしやすいというのも頷けます。

調べたらBrock Purdyが野球経験者と分かり、ガッツポーズ (Link)
Carrさんは見つからなかった…

6. まとめ

以上、現時点ではNFLでのマルチスポーツに関する研究2本を簡単に紹介しました。いずれも、著者の考察がとても面白かったです。

また、「マルチスポーツ」とはまた違いますが、相撲とかAustralian Footballとか、他のスポーツの経験者でアメフトの上達が早い人の話も最近よく聞きます。他のスポーツで得た能力を活かせると強い、というのは納得です。

最近のこのテーマの論文のペースからして、NFLでの活躍度合いの研究は今後もどんどん出てきそうです。QB以外のポジションを考察しても面白いし、他のスポーツが何だったのかを調べてもいいし、マルチスポーツじゃなくて転向の例を見てもいいですね。いくらでも研究テーマが思いつきそうです(羨ましい)。何十年後かには、「NFLでQBをやるなら、何歳から何歳までこのスポーツのこのポジションをやるべき」みたいな方法論すら確立されているかも。また面白い内容があれば紹介します。

お読みいただきありがとうございました。次回の記事(Week11後…のはず!SF応援してください)でお会いしましょう。

(おまけ)気になっている最近の他スポーツからのアメフトへの転向の例


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