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5年目オプションの光と影(後編) 【NFLサラリー談義#8-2】

遅れました… Week13の分です(Week 13のNOはDETに負けましたが、4TDを奪う猛攻を見せたので実質勝ちでした)。
前回に引き続き5年目オプションがテーマですが、前編は明るい話(フランチャイズQB確定な人達)だったので、今回は影編(判断が難しいQB)です。実は5年目オプションは2021年からルールが変わり、今まで以上に行使/拒否の判断が難しくなっています
今回はBaker Mayfield, Daniel Jones, Jordan Love 3名のQBの5年目オプションの判断を例に、NFLのGMって大変だなぁという話を紹介してみます。長いですが、いつもより数字少なめなので良かったらお読みください。

前編はこちら


5年目オプションのルール変更 (2021~)

今回のテーマの『5年目オプション』という制度、2011年にリーグと選手会が合意した2020年までのCBA (Collective Burgain Agreement, 労使協定)で初めて盛り込まれたものですが、2020年に新たなCBA(2030年までの分)を結んだ際に若干ルールが変わりました。変わった点は大きく以下の2つです。

変更1: 5年目のサラリーが「怪我保証 (injury guaranteed)」から「フル保証 (fully guaranteed)」に

現在、5年目オプションを行使した場合の5年目のサラリーは全額保証ですが、元々は怪我の場合のみ保証(= 健康な状態ならカットしたら支払わなくていい)でした。そのため変更前は

3年目終了後にオプション行使
→ 4年目の活躍が微妙
→ 5年目始まる前に放出(保証されていないのでデッドマネーなし)

というケースが何件かありました。ちょっと雇う側に有利すぎますよね。

今BUFにいるLeonard Floydとかが、5年目オプション行使→5年目前にカットパターンです
(Spotracより)

変更2: 5年目のサラリーを決める基準が、指名順位から最初3年の活躍度に

また、サラリーの決め方も現在は出場試合数とプロボウル選出数でカテゴリが決まるのに対し、変更前は、

1位〜10位指名:ポジショントップ10の平均(トランジションタグと同じ金額)
11位〜32位指名:ポジション3位〜25位の平均

という形で、プロ入りしてからの成績とは関係なくドラフト時の順位で決まってしまっていました。その結果、例えば2017年ドラフト組では5年目のサラリーはSolomon Thomas (全体3位で$15M)の方がTJ Watt (全体30位で$10M)より高くなっていました(前者は当然pick upされませんでしたが)。これもおかしな話です。

変更でどのような影響があった?

変更が適用されたのは2021年の行使分(2018年ドラフトの1巡選手の分)からですが、特にサラリーが全額保証になったことでGMの判断は以前よりも難しくなりました。そこで具体的な例として1年に1人ずつで

  • 2018年ドラフト全体1位 Baker Mayfield (CLE→CAR→LAR→TB)

  • 2019年ドラフト全体6位 Daniel Jones (NYG)

  • 2020年ドラフト全体26位 Jordan Love(GB)

の3名でのGMの選択に注目して、制度変更の影響を語ってみます。

ケース1: Baker Mayfield (3年目成功、4年目失敗)

(1) 3年目にプレーオフ進出→5年目オプション行使

2018年に全体1位で指名されたMayfield、ルーキー年の3試合目の途中から出場し0-14から逆転して勝利(連敗を19で止める)したのをきっかけに先発の座に定着します。1年目の残りは6-7、2年目は6-10に終わりますが、3年目には11-5でチームをプレイオフに導きWild cardではPITに勝利(その後DivisionalでKCに惜敗)。以下はプレーオフも含めた成績ですが立派ですね。

チームの原動力はNick ChubbとKareem HuntのRBデュオだと言う声こそあったものの、この頃にはフランチャイズQBとしてのMayfieldは疑われていなかったように思います。5年目オプションも当然行使されました。

(2) 4年目の低迷

ところが、4年目の2021シーズンにMayfieldの成績は低迷。パスヤード、TD数など主要な指標で全てキャリアワーストを記録し、Brownsも8-9(Mayfieldの先発試合は6-8)に終わります。11月にはOdell Beckham Jrの父親が「Mayfieldがオープンなレシーバーを見逃している、息子が活躍できないのはQBのせい」と批判する動画を投稿→同じ週にOBJがリリースという限界チーム大変な状況が垣間見えるエピソードが印象的でした。その後、シーズン終盤にプレイオフの可能性が消えた段階で手術を受けてシーズンエンドとなりました。

(3) 2022年3月:Deshaun Watsonのトレード

この結果を受けて、結局Brownsは大きな決断を下します。
MayfieldをフランチャイズQBとすることを諦め(諦めた経緯についてはCLEファンのくうたさんの考察が面白いです)、新たなフランチャイズQBとしてDeshaun Watsonの超大型トレードを画策します。MayfieldもチームがWatsonと面談している段階でトレード希望を出し、Watsonのトレードが実現しようとしなかろうと関係は事実上修復不可能に。
それに慌てた…かは分かりませんが、Brownsは超大型契約を提示することで最終候補だったNOとATLを出し抜いてWatsonのトレード先として決定(Watsonにはトレード拒否権があったので、行き先を自分で決められる状態でした)。契約の詳細は今回は省きますが、はっきりしていたのは「それから5年間Brownは完全にWatsonを先発QBとして戦う」ということでした。

(4) 全額保証化の罠:リリースによるデッドマネーが負担に

さて、Watsonトレード後のMayfieldですが、チームとの関係的に控えQBとして働いてくれるわけもなく、必然的にトレードまたはリリースが残された選択肢となります。

そうなると、先に述べたルール変更の影響が効いてきます。今までなら、5年目オプションを行使したとはいえ5年目が始まる前にリリースすればサラリー的には負担はゼロだったのですが、ルールが変わり5年目のサラリー($18.5M)が全額保証になりました。
この時点でリリースの選択肢はほぼ消えます。少し前に書いたデッドマネーの記事のJC JacksonやRandy Gregoryの話に近いですが、全額保証ということはリリースしても結局同じ金額を払わなければならず、「枠が空く」以外のメリットはありません

(5) サラリー負担を呑んでパンサーズにトレードへ

ではトレードは…というとこれも難しい。なぜかというと、トレード相手から足元を見られるためです。ここまでの情報でCLEにとって控えとして置いておくこともリリースすることもほぼ不可能とバレているので、立場が弱くトレード先に対し高い対価は要求できません。

結局ドラフトまでには決まらず、全額払ってでもリリースか…?と思われたところで7月に5巡(70%以上出場すれば4巡)でCARにトレードされました。さらに、$18.5 Mのサラリーのうち$10.5MをCLEが負担するというおまけつき。前年に同じCARがSam Darnold(Mayfieldより明確に成績が下)を獲得するのに6巡+翌年の2巡+4巡を出したことを考えても、かなり低い対価です。全額保証化によって5年目オプションを行使したQBはパフォーマンスが下がってもリリースが難しくなり、トレード対価も得にくい…というリスクがあるという例でした。

(6) Brownsはどうすれば良かった?

WatsonレベルのQBが市場に出てくることはほぼあり得ないので、BrownsがMayfieldを諦めたこと自体は間違いだとは思いません。ただ1つCLEがやれば良かったと思うことは『Deshaun WatsonのトレードパッケージにMayfieldを含めること』です。Russell Wilson、Matthew Staffordのトレードでは、Drew LockやJared Goffという元先発QBを同時にトレードに含めていました。新たなQBを取った時点で、残りのQBのトレード価値が大幅に下がって処理しにくくなることを踏まえての処置だと考えられます。
HOUはMayfieldを欲しくないと言ったようですが、HOUはHOUで、トレード拒否権を持っているQBをトレードしようとするという、十分足元を見られる状況なわけです。Watsonとの新契約の話が済んだ段階で、もう少し強い立場に出てHOUと交渉するべきだったのではないかと思いました(ただ、HOUだけDavis MillsがフランチャイズQBになると本気で信じていたっぽいので、それが仇となった形でもありますが)。

ケース2: Daniel Jones (3年目失敗、4年目成功)

そして、このBrowns劇場の1ヶ月後、NYGはDaniel Jonesの5年目オプションを行使しませんでした

(1) 3年目まではバストコース

この判断は正直驚きはありません。1年目途中で先発をEli Manningから奪い、地味に3000ヤード24TD(12INT)と良い成績を残したものの、2年目3年目もブレイクするほどではなく、3年間で12勝25敗でした。とにかく地味ですよね(下のプレイが印象に残っているくらい)。制度変更前ならともかく、5年目のサラリー$22.4Mを全額保証するほどの活躍ではなかったと言えます。

(2) 4年目の躍進

ところが、バスト確定で2023年ドラフトでQB指名か…?と思われていた2022年シーズン、新コーチのBrian Dabollと共にGiantsは躍進します。
Jones自身もパス成績の向上に加えて足を活かせるようになり(700ヤード走ってます)、勝ち越し+キャリアハイの成績+プレーオフ1勝という結果でした。Baker Mayfieldの3年目が4年目に来た感じですね。

(3) Saquon Barkleyと両方残したい…!

そうなると、5年目オプションを行使しなかったためこの年が契約最終年になるのが効いてきます。FAで流出するのを防ぐため、Jonesにフランチャイズタグ($32.4M)を使う必要に迫られました。

ところが、制限がない5年目オプションと違い、フランチャイズタグには「1年に1人までしか指定できない」というルールがあります。NYGはSaquon Barkleyが同じく2022年に復活したものの、Jonesと同じくルーキー契約最終年を迎えていました。先発QBとエースRBのうちタグを貼れるのは片方だけで、もう片方は期限までに交渉がまとまらないと流出、と言う状況に追い込まれたわけです。

(4) フランチャイズタグ使用期限に契約延長

そして最終的に、フランチャイズタグ使用期限の直前にNYGが下した結論は、
Daniel Jones: 4年$160Mで契約延長
Saquon Barkley: フランチャイズタグ ($10 M)

という手段でした。

この契約に関しては当時から「高すぎる」という声をTLで多く見ましたし、今年に入ってからのNYGの低迷もあって言われ続けている印象ですが、このように期限が迫った中での交渉という点をJonesの代理人が上手く活かして高額の契約延長を得たという印象です。

(5) 5年目オプションを行使していたら…

そして、5年目オプションをもし行使していたら、このような悩みはありませんでした。Daniel Jonesは2024年シーズン終了までを期限にゆっくりと延長交渉ができますし(5年目を見極めの年に使うことも可能)、フランチャイズタグは迷わずBarkleyに使えます。
とはいえ、これは完全に結果論。僕がGMでも3年目までの様子を見て現制度でDaniel Jonesの5年目オプションの行使はしません(旧制度なら4年目が上手くいかなくてもノーリスクでカット可能なので行使したかもしれませんが)。何が言いたいかというと、いつ活躍し始めるか、いつ低迷し始めるかを読むのが難しいNFLではGMのリスクとリターンの判断はとても難しい…ということです。

ケース3: Jordan Love (3年目までほぼ先発出場なし)

ケース1, 2では
Baker Mayfield: 3年目終了時で行使した結果、4年目不振で放出することになり損
Daniel Jones: 3年目終了時で行使しなかった結果、4年目好調で延長することになり損
という例を挙げました。これらの難しさを踏まえて(?)なのか、今年PackersはJordan Loveについて面白い判断をしたので最後にこれを軽く紹介します。

(1) 3年目まで:バックアップ

まず第一に、Jordan Loveのキャリアはかなり特殊です。1巡指名を受けながら最初の3年間はバックアップとしてほぼ出番なし。そして4年目にAaron Rodgersのトレードを受けていきなり先発に抜擢されます。5年目オプション行使を判断する時点である3年目終了時で先発経験がほぼなく、判断材料がほぼゼロという状態。
(「Aaron Rodgersも3年目までバックアップだったじゃないか!」と言われるかもしれませんが、彼はルーキー契約が一律に決まる時代の前なので、最初から5年契約で5年目オプションも存在しない時代です。3年目まで寝かせても2年間の契約が元々残っていました)

Loveのオプションを行使した場合、5年目のサラリー自体は低め(プレーしていないので一番下のカテゴリで$20M)であるものの、全額保証となった現制度では先発経験のないQBに保証するには大きなリスクです。オプション拒否が濃厚と見られており、その場合は、

  • オプション拒否→4年目先発として失敗→新しいQB指名コース

  • オプション拒否→4年目先発として成功→契約まとまらずフランチャイズタグ and/or 引き止めるために高額契約

ということになり、どちらに転んでも難しいシナリオだなぁという印象を持っていました。

(2) 第3の選択肢

ところが、オプション行使期限が近づいた今年5/2に、Packersは「行使する」でも「行使しない」でもなく「5年目オプション関係なく延長する」という第3の選択肢を取ります。契約内容は1年$13.5M (この部分は全額保証、インセンティブ次第で最大$22.5Mまで上がる)という延長でした。契約期間的には1年増やすだけなので5年目オプションと同じですが、

  • Packersにとっては5年目オプションを行使した場合には$20Mを保証しなければならないが、この契約では契約時点の保証額は$13.5Mで済む(Love先発が失敗した際のリスクが小さい)、契約期間を1年延ばせる(見極め期間またはLove先発が成功した場合の交渉期間が増える)

  • Loveにとっては、契約時点での保証は5年目オプションより少ないものの拒否されるよりは遥かに良く、インセンティブの条件を多く満たせば5年目オプションよりもサラリーが増える

という点で、両者にとってそれなりにメリットがある契約でした。LoveがフランチャイズQBになるかが全く分からない中で、オプションを行使するリスクと行使しないリスクの中間を狙ったという点で面白かったです(そもそも2020年ドラフトでLoveを指名すること自体が意味不明なのは置いておきます)

まとめ

まとめると、5年目オプション制度は

  • フランチャイズQB確定な選手なら、契約期間を安く延ばせて、未来の相場で契約延長もできて非常に得前編の話

  • フランチャイズQBになるか微妙な選手の場合は、行使しても行使しなくても4年目の結果次第で後悔することになり、特に最近制度が変わって以降非常に判断が難しい(後編の話)

ということです。やはり格差を広げるタイプの制度ですね。メッセージとしては、本気で応援していると贔屓チームのGMに腹が立つことも多いと思いますが、このように1人1人の選手の契約を見ても先を見ながら難しい判断が要求されるんだなぁ…と思っていただければと思います。
長文の記事、お読みいただきありがとうございました。

次回予告

次回(Week 14は久々にSFもNOも勝ったので書くことは確定)は元々NFLの研究紹介をする予定だったのですが、MLBの方で大谷さんが超先送りリボ払い契約をしたという話もあったので、「MLBとNFLのサラリー制度比較」みたいな記事を考えています。
ただMLBの方の知識が薄めで勉強しないといけないのと、間違ったこと書いてMLB界隈に炎上させられたりしたら困るため、ちょっと先になるかもしれません(別の場所で、アメリカの大学院に留学する日本人に向けてNFLの魅力を伝える記事を書いてほしいとかいうよく分からない依頼もあって大変)。
いずれにせよ、これからクリスマス休みで暇になるので毎日調べて毎日考えたいと思います。それではまた次回に。

良かったら、他の記事も以下からお読みください。

参考サイト



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