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ミミズ婿入り

菓子屋に聞いた話だ。
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戦後すぐのことだ。近畿地方の山間の集落に若い夫婦と姑が暮らしていた。夫婦は結婚から2年目に娘を、5年目に息子を授かった。
下の子が3歳になるころ、嫁は一人で家を出て行ってしまった。残された子ども達は老いた姑が育てた。
上の子は幼いうちから父の野良仕事を手伝うようになった。学校には入らなかったという。弟が小学校に入ってから、娘はおかしくなった。
畑を耕しているとミミズが出る事がある。娘はミミズを見つけると手を止めて屈んで、ジッとそれを眺める。そのうち、ミミズを見るために土を掘り返すようになった。元々口数の少ない娘だったが、集落の者と口をきくこともなくなった。珍しく誰かと話していると思ったら、畦道で干からびたミミズに話しかけていた、と言う者もいる。「あの家の娘はミミズに憑かれた」口さがない人々はそう噂したという。
漢方ではミミズの内臓を取り除いて乾燥させたものを「地龍」と呼ぶ。世間の目を気にした姑は、「地龍様に嫁がせる」と言って娘をどこかへ嫁に出してしまった。娘が10歳のころの事だった。
5・6年後、寝たきりになっていた姑が亡くなった。臨終に立ち会った医師は、姑の餓鬼のような痩せ方を不審に思い、警察に通報した。
警官と共に家を訪れた集落の世話役は驚いた。ミミズに嫁いだ娘がそこにいたのだ。さらに驚くことに、姑の葬儀の手伝いで戻ったのかと尋ねると、ずっとこの家に住んでいたと言うではないか。警官もこれを怪しんで、詳しく話すよう促すと、娘はぽつりぽつりと語り始めた。

弟が乳離れすると、母は家を追い出された。祖母は私に一生家のために働くよう言い聞かせ、他所の者と話すことを禁じた。寂しさから私はミミズに魅せられたのだが、そのうち悪い噂が立ったので、祖母は家の恥晒しだと言って、私が家の外へ出ることも禁じた。
その後は女中のように暮らした。祖母の虫の居所が悪い日は食事を抜かれ、憐れに思った弟が食べ物を分けてくれても、見つかって取り上げられた。仕方なく私は庭に出てミミズを捕り、飢えを凌いだ。父はなにもしてくれなかった。
昨年、祖母が寝たきりになった。父は全ての世話を私に任せた。シモの世話まで他人に頼るようになった、弱い母親を見たくなかったのだろう。そうして、私は祖母がしてくれたように祖母を世話した。
祖母は頭だけはしっかりとしていたので、初めは口がよく動いた。だけども、食事を抜くようになると次第に素直になっていった。食事抜きと言っても、何も食べないのは可哀想だと思い、飢え凌ぎに私が食べていたものを食わせてやった。嫌そうに首を振ったのも数度のうちで、余程気に入ったのだろう、終いには雛鳥のように口をパクパクして欲しがるようになった。どうせもう長くないのだから、好きなものを食べさせてやりたいと思い、最近はそればかり祖母にやっていた。
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調べでは、姑の死因は栄養失調だった。また、腸閉塞を患っており、腹からは尋常でない量の土が出てきたという。
この話をしてくれた人は昭和28年生まれの男性で、なんと、かの家の弟と同級だった。彼らが中学生の頃にこの事件が明らかとなり、弟は父と共に逃げるように引っ越した。弟自身はいたって普通の中学生に見えたという。
高校生になり、親族に警官がいるという先輩から事件の全容を改めて教えられた。幽霊が出ると噂になった「ミミズの家」で肝試しもしたが、茅葺きの普通の家で、何も起きなかったそうだ。
元々人の少ない集落だったのだが、事件のせいか村を離れる者が増え、平成に入る前に廃村になった。
現在も数軒残る廃墟が、廃墟愛好家のサイトなどで確認できる。

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